いまや全国でも指折りの活性化した地方議会として知られる飯綱町議会だが、本格的に議会改革に取り組むようになったのは、つい7年ほど前のことだ。それもある事件がきっかけで、早い話が改革に腰を上げざるを得ない立場に立たされたからだ。当時の飯綱町議会のレベルは、平均以下だった。

 長野県飯綱町は、2005年10月に牟礼村と三水村が合併して誕生した。長野市の北部に位置する農業の町で、人口は約1万2000人である。

 小規模自治体同士の合併協議は、すんなりとは進まなかった。互いの本当の財政状況を探り合う展開となり、疑心暗鬼が広がった。旧牟礼村側は相手の水道事業を不安視し、旧三水村側は向うの第三セクターの経営状況を疑った。双方ともに相手の不安を打ち消す発言を繰り返し、両議会もそれにお墨付きを与えた。

飯綱町議会の改革は待ったなし
6つの議会像と8項目の課題に集約

 こうして対等合併が成立したが、その直後である。とんでもない事態が勃発した。旧牟礼村の第三セクター(スキー場)の経営破綻が表面化し、損失補償していた飯綱町が金融機関に訴えられてしまったのである。町は全面敗訴となり、約8億円もの負債を肩代わりするはめになってしまった。

 実状を何ら知らされていなかった住民は皆、憤激した。怒りの矛先は町のみならず、チェック機能を果たさなかった議会にも向けられた。「議会はいったい何をやっていたんだ」との批判が集まり、議員は行く先々で罵声を浴びることになった。その議員たちにとっても、3セク破綻は「寝耳に水」のことだった。

 住民から厳しい視線が注がれた飯綱町議会は、いやでも改革に取り組まざるを得なくなった。不幸中の幸いと言えたのが、議会運営や議会文化などを異にする2つの議会が1つになったばかりという点だった。議会運営のルールを新たにつくり上げるタイミングだったのである。

 住民の信頼を失墜した議員は、目の色を変えて学習や研修、視察や自由討議に打ち込んだ。そうした過程を経ることで、すすめるべき議会改革の論点が明確化していった。6つのあるべき議会像と8項目の取り組むべき課題に集約された。議会だよりにそれらを明記した上で全戸配布し、議会改革の実行を住民に宣言(2008年8月)したのである。つまり、議会として住民に改革を公約したのである。