辺境から中央舞台へ
「羊」という字は両角を備えたヒツジを正面から象っている。鴛鴦(オシドリ)の如く、雌雄の2字を合わせた動物名が中国には多いが、本来のヒツジには雌にも角があり、見かけの差が少ないせいか、性による別がない。大変に賞味されていることは、「美」という字でもわかる。「美」は大きいヒツジを意味する。日本でいう米国は中国では「美国」と表記するが、アメイリカの音をとったものであり、「メイ」という発音からして美はヒツジと関係していよう。
羊肉食は評価も高く、一般的にはなったが、中国主要部にいた農耕民の漢族には、元来ヒツジは無縁で、肉といえば豚肉をさすのである。全羊席という、ヒツジを丸ごと全て料理して供する宴席があるが、これはもともと女真族の伝統料理である。ツングース系の女真族は現在の中国東北部からアムール地方にかけて拡がる、狩猟・牧畜部族であった。
そもそもヒツジは中国では西方辺境の家畜で、その地域住民を「羌(きょう)人」と呼んだほどである。羌は羊と人の合成字で、牧羊民であることを示す。
ヒツジは家畜になれた
野生羊の一種 ドールシープ |
野生羊は、反芻胃を持ち、植生の乏しい乾燥地にも生息できる抵抗力の強い動物である。一方、そういうやせた地域に住む人間のほうは農耕ができない。まずは狩猟によって食料を調達している。古代の狩猟民が有蹄獣の群れを追っていたのは確実である。野生の群れを密集集団にして保有していれば、食肉の供給に便利だったろう。
やがてこの習慣は特定種の管理へと進んでいき、牧畜となる。そのとき、群居しない種は家畜化するに不向きである。また順位制がなくて、テリトリーを守る、つまり特定の地域に固執する習性も不向きである。さらに気質が臆病でショック死するような種も向かない。捕食者から駿足で逃げ去る種もいけない。