諸外国で危惧されていることは、上のニューヨークタイムズの記事が述べるとおり、このような安保政策の大きな変更は環境の変化に合理的に対応するというより、むしろ、戦後体制からの脱却や米国に押し付けられた憲法の改正といった、ある意味歴史修正主義に基づく変更の流れではないかという点である。

 そしてこれには、近年の中国の台頭を受けた日本におけるナショナリズムの高揚や、最近のイスラム国人質殺害事件を巡る国民感情の高揚も、背景となっているという捉え方がされている。ヘイトスピーチといった現象もこの脈絡で言及されている。

安保法制の議論と憲法9条
国内外に分かりやすい説明を

 このような背景の中で、昨年7月1日に閣議決定された集団的自衛権行使一部容認を実現する安保法制の議論は、日本の将来にとって極めて重要である。感情に走らずに冷静な議論をしていくとともに、国内外に分かりやすく説明をしていくことが大変重要と思う。

 日本の場合には、憲法、とりわけ9条は平和主義の象徴として考えられてきた訳で、それを改正することや、あるいは解釈の見直しをすることは単なる手続き上の問題ではなく、日本の生き方を見直すということを意味するからである。

 まず、今回の安保法制の議論は環境の変化に合わせ憲法の解釈を変える必要が出てきたということであり、憲法9条の精神を変えるものではないことは改めて銘記する必要がある。

 今後、与党内で自衛隊による後方支援活動やその他の活動のための恒久法の是非、国際平和協力活動のための自衛隊部隊の武器使用規定の改定などが議論されていくと伝えられるが、やはり一番重要になるのは、日本と密接な関係の国が攻撃をされ、それが日本の存立にかかわる明白な危険がある事態であれば、日本が直接攻撃されていなくとも武力の行使を可能にするという集団的自衛権に関わる点である。