20代後半の時期に代官山に暮らしたことがある。

 などと書き出すと、何とセレブでハイソでリッチなのだと思う人がいるかもしれない。でもその頃の僕はマイナーな演劇青年。新劇の劇団の付属養成所に通いながら、公演や稽古の合い間を縫ってのアルバイトで、やっと食いつなぐような日常だった。

 つまり、セレブでハイソでリッチどころか、「氷雨の夜に飢えと寒さに震えつつも髭をなでながらオレより偉いやつなどこの世にいない」と自分に言い聞かせている貧窮問答歌(山上憶良)のような日々だった。ただし、山上憶良にはひもじくて泣く妻子がいたが、そのときの僕にはまだ妻子はいない。その意味ではとりあえずは怖いもの知らずだ。でも将来の不安には、時おり押しつぶされそうになっていた。

 バイトに行けるあいだはバイト先で食事が出る。銀座のスエヒロでバイトをしていたときは、客の食べ残したステーキやハンバーグの固まりを、ゴミ袋にこっそり入れて持ち帰ったりしていた。アパートにはいつも、同じように貧乏な友人たちがごろごろしていたから、みんなでもう一度焼けば美味しく食べられる。

 ところが公演などが近づくと、連日の稽古でバイトにも行けないのでかなり悲惨な状況になる。だからそんなときの主食はインスタントラーメン。具は何もない。卵すら買えない。でもインスタントラーメンばかりが続くと(この頃は1日2食が普通だった)、さすがにビタミン不足が気になってくる。だから時おり、アパートの近くに生えている野草を摘んできてラーメンに入れていた。タンポポやハコベやオオバなどいろいろ試したけれど、ハコベがいちばん食べやすかった。オオバやタンポポは食えたもんじゃない。ハコベも生だと苦味があるが、火を通すと何となく小松菜のような味になる。

 状況劇場に所属していた友人と1回だけ、それこそ清水の舞台から転がり落ちる覚悟で、焼肉食べ放題の店に行ったことがある。確か料金は1200円くらいだったと思う。僕や友人にしてみれば、ほぼ3日分の食費に相当する。