また、「永遠の偽善者」(ニッポンの地方再生物語第4回)を自称する山中市長は、市民に寄り添う姿勢を貫き続け、粉骨砕身する日々を送っている。就任前からの腰の低さは少しも変わらず、誰に対しても丁寧に接してその話にじっくり耳を傾ける、稀有な首長である。寝食を削って激務に邁進しているといって過言ではない。

 2013年の市長選では公務に専念し、選挙活動を一切せずに市民の審判を仰いだ気骨の人物だ。赤字続きの松阪競輪を2013年10月から民間委託し、6年ぶりに黒字に転換させるなど、行政手腕を発揮している。

松阪市長はなぜ任期途中で辞任を?
山中氏を快く思わない強大な議会勢力

松阪市役所

 だが、そんな有言実行型の山中市長を、快く思わない強大な勢力が存在した。松阪市議会である。議場は市長選で相手陣営についた市議たちで占められており、オール野党(ごく少数の是々非々の議員も含む)体制となっていた。

 だが、それは政策面での違いに起因するものではなかった。そもそもこれまでの松阪市の市長選は、政策や人物を競うものではなかったのである。各党各会派各種組織が選挙前に手を結び、同じ候補を仲良く擁立して相乗りするのが、通例となっていた。自民と公明、民主も社民も市長選となると、みんなお仲間になっていた。

 その結果、2009年以前の10回の市長選のうち、7回が無投票となっている。しかも、選挙となった残り3回は全くの無風選挙に終わっている。つまり、松阪市では選挙前の水面下の談合により、実質的に市長が決められていたのである。そうした「オール松阪」の土着権力者たちからすれば、山中氏は「談合破りのけしからん人間」となるのである。

 2度までも苦杯を喫した既成組織の面々は、「山中憎し」の感情を募らせていった。市議会で市長提案が否決される場面が続いたのである。もちろん、熟議を経ての否決ならば別に問題はない。しかし、議論なき否決は議論なき可決と同様、議会の役割放棄と言わざるを得ない。

 ではなぜ、山中市長は任期途中での辞任を表明したのか。直接の要因は、市立図書館の増改築事業案が昨年の9月議会と11月議会、そして今年の3月議会で三度にわたって否決され、事業化が白紙となったためだ。山中市長は3月議会閉会後の記者会見(3月11日)で、「古い体質が残る今の議会では十分に執行責任を果たせない。6月議会終了後に辞職する」と述べ、政界からの引退も表明したのである。松阪市役所で山中市長に直撃取材した。