──福島事故は、1973年と1979年の2度のオイルショックから長い時間が経ってのことなので、日本国民はエネルギー価格高騰に関する感覚が薄いのかもしれない。今の日本では、原発代替として莫大な量のLNG(液化天然ガス)や石油を追加的に輸入していることで電気代が高騰しているが、それを問題視する風潮は全体的には強くない。

 だから、日本で化石燃料輸入増や、それによるエネルギー安全保障上の問題を説いても、なかなか理解が得られない。一般大衆のみならず、多くの政治家も同じような感じだ。

 それを一般大衆に理解させるのは難しいだろう。スイッチを押したら電気は点くものだ、とみんな思っている。政治家に理解させるのが難しいのは、米国も同じだ(笑)。

原子力規制委は「独立」ではなく
「孤立」している

──福島事故から1年半後、日本の原子力安全規制の行政機関は、経済産業省傘下の原子力安全・保安院から、独立系の原子力規制委員会(NRA)に移管された。このNRAは新しい基準を策定したが、それに適合していないと発電再開を許さない運用にしており、かつ、政権与党もそうした運用を追認している。日本の全ての原発が発電再開できないでいるのはこうした理由もある。

 原子力規制であれ、石油・ガス規制であれ、通常の安全規制は、一定程度(例えば5~10年程度)の猶予期間を設けて、その期間内に新基準に適合させればよく、それまでは旧基準で稼働させるというのが世界の常識だと、私は思っている。

 NRAのこうした規制運用をどう思われるか。また、改善すべき点があるとすると、それは何だとお考えか。

 今のNRAは、とにかく可能な限り高い基準を適用して規制しようとしている点で、非常に保守的な機関だと思う。「一番安全な原子炉とは、運転を停止している原子炉だ」と思っているようだ。日本の政治的な状況を見ると、NRAだけが原子力安全に関する全責任を負っているという構図だ。

 だが、それは健全な安全システムではない。安全責任は、NRA単独で負うのではなく、電力会社と分担すべきだ。説明責任を最も負うべきは電力会社であり、NRAは監督役であるべきだ。今の状況はアンバランスで、NRAは自分たちだけが原子力安全に対する唯一無二の権限と説明責任を持っていると思い込んでいる。

 外国の助言者たちが日本に対して、「NRAは独立していなければならない」と多く助言した。だが、NRAは「独立」ではなく「孤立」してしまっている。独立と孤立は全然違うのだが、それを上手に伝え切れなかったのだろう。

 NRAは電力会社を監督するのだが、NRAを監督するのは政権。国として許容できる原子力リスクとはどの範囲なのか、政権が国民との対話を通じて決めていく必要がある。