路上生活でも警備員に
なのに「働きたくない人」扱い?

1時間前、高裁で勝訴判決を聞いたばかりのMさんは、喜びとともに、一段落してほっとした様子であった。とはいえ、勝訴が確定するのは14日後
Photo by Y.M.

 Mさんが生活保護を利用し始めたのは、2005年、60歳の時だった。Mさんは、農業用運搬装置を敷設する現場作業に「日給月給(報酬は日給、1ヵ月に一度まとめて支払われる)」の派遣で従事していたが、仕事が減ってきたため収入が減り、家賃を払うことができなくなった。Mさんは住居とともに、仕事も失うことになった。

「ある程度の蓄えはあったんですが、それも使い果たすと、仕事を辞めざるを得なくなりました」(Mさん)

 仕事があるときに出勤するための住居を失ったMさんは、地下道で路上生活をしながら警備の仕事に就いていた。しかし、夜11時・12時まで振動の絶えない地下道では、充分な睡眠を取ることができない。

「地下道で周囲にいた人たちには、生活保護を受けている人が何人かいました。情報をもらって、役所に行って。2回目に役所に行った時に申請して、1ヵ月近くかかりましたけど、保護は下りました」(Mさん)

 Mさんは生活保護の利用を開始した後もしばらく、警備の仕事を続けていた。さらに、持病の糖尿病の治療を受けはじめた。母親が糖尿病であったMさんは、同様に糖尿病を発症していたのだが、生活保護を利用し始めるまでは、医療費がないために治療を受けていなかったのだ。

 2009年、63歳になっていたMさんは、糖尿病の他に腰痛・膝痛を抱えており、医師に「就労はできない」と診断されていた。しかし静岡市はMさんに就労を命じた。Mさんはハローワークに通い、懸命に仕事を探した。しかし、63歳という年齢に加え、自動車の運転免許も資格もないMさんが就ける仕事は、限られている。

「ハローワークに行って検索しても、自分の条件に合う仕事は、そんなにないんです。50歳過ぎたら、仕事、ないに等しいし。見つかる仕事はほとんど軽作業で、さらに通勤手段という問題があります。自転車しかないので、通勤できる地域も限られています。だから、毎日、毎週は行きませんでした。毎日行って、昨日と今日と検索結果が同じだったら、無駄になるだけですから。『だったら、家にいて、できることをやっているほうがいい』と思います。体調が悪くて外出できない日もあるし。でも市役所は、とりあえず『ハローワークに、行け行け行け行け』なんです。行っても、仕事があるわけはないのに」(Mさん)