この男性役員は、岩上と年齢が近い。2人とも20代後半に中途採用で入った。岩上は創業社長のそばに常にいた。この役員は営業部一筋だ。20年近くの間、営業の屋台骨を支えた。ただ、創業社長からは頼りにされながらも、側近の扱いではなかった。

 新社長は、岩上を重用することはなかった。営業部では影響力がすさまじく強い、この男をそばに置いた。2人で話し合い、決めたことを専務である岩上に通告する、というスタイルになった。

 岩上は、同僚である女性には、「もう辞めたい」と漏らしたという。同僚の1人は、こんな捉え方をする。「上場のときに数億円を手にして、その後も年収1500万円をもらえて、時々臨時の報酬も手にするみたい。そんな生活を手放すわけないよ」

 確かに、岩上が辞めることはなかった。

「営業のカリスマ」に猛烈な追い上げを
新社長が女性役員に引導を渡すとき

 1年前、会社に激震が走った。新社長が退任し、ベンチャー企業に戻るというのだ。その後任には、常務である「あの男」が就任する、というものだった。

 岩上にはもはや相談をする相手がいない。創業社長は莫大な資産を手にして、今や海外生活を送る身だ。彼女はもともと創業社長の「お気に入り」というだけで役員になり、それにふさわしい実績などまるでなかった。大きな仕事やプロジェクトを仕切ったことは、一度もない。社員と接する機会はほとんどなかった。味方がいないのだ。

 だが、負けん気は強かった。男には負けたくない――。そんな思いが湧いてくる。しかし、巻き返しを図る術がない。

 悪夢が現実のものとなった。とうとう「あの男」が社長になったのだ。ベンチャー企業に戻った社長の強力な推しがあったようだ。ベンチャー企業の経営陣もまた、この男を高く評価した。創業期には数千万円しかなかった売上を、二十数年で70億円に迫るほどまで増やした原動力の一翼をこの男性が担ったことは、誰もが否定できなかった。

 それに対し、岩上は創業社長のもとで忠実に事務処理などをしてきた。だが、営業経験は限りなくゼロ。社内での信頼はまるでない。メディアでの露出度は高いが、経営者としての資質は未知数だ。とにかく、実績がない。