失ったかに思われた記憶も時と場合によっては甦る

 逆に、意識の世界に浮かび上がってこないとき、それは「忘れたこと」として扱われます。過去の記憶が無意識の世界に沈んだままの状態ともいえます。そのため、いくら思い出そうと努力しても、その努力は水泡に帰してしまうのです。

 スキーの場合、本人の無意識下で身体(実は脳)がスキーの滑り方を記憶し続け、その記憶が再びゲレンデに立つことでとり出されたといえます。

思い出されるのを待っている
無数の記憶たち

 それは何を物語っているのでしょうか。

 おそらく人間の経験は記憶となり、無意識の世界の中で再び思い出されることを待っているのです。

 とすれば、いかに豊富な経験を重ねるかが大切になってきます。どんな小さな経験であり、本人がその経験に価値を認めていなくても、いつかはその経験が記憶となって甦り、さらに豊かな記憶を刻んでくれるのではないでしょうか。

 私たちは、ふだん「おふくろの味」を忘れています。思い出そうにも、すぐにはイメージが浮かびません。しかし、定食屋で肉じゃがを食べたとき、「あ、これ」と突然におふくろの味を想起します。かつて食べておいしかったという経験を、脳はずっと失わないでいたのです。