毛沢東の生家は、平日だというのに大勢の観光客で賑わっていた。周辺地域からの団体観光バスが何十台もやってきていて、ゲートから生家まで30分以上も行列に並ぶほど混雑していた。おみやげコーナーには、3000元(約6万円)、4000元(約8万円)という値札がついた毛沢東の銅像のレプリカや、毛沢東の顔を印刷したトロフィーみたいなもの、マグカップや関連書籍などがズラリと並んでいて、それを2人で眺めていたときだ。

 いくつかある安いおみやげの中に、2つで5元(約100円)という、破格に安い金メダルがあった。おもちゃのような安くて軽い記念メダルで、表には「毛主席故居留念」と書いてあり、中央に名前と日付を刻むことができるようになっている。店員が「名前を刻字するよ。さあ、記念にどうだい?」と勧めてきた。

 すると、彼女は金メダルを手に取り、店員に「1枚には中島恵、もう1枚には黄江(弟の名前)と刻字してください」と言ったのだ。筆者は驚いて、「いいよ。私は要らないよ。本当に要らない」と何度も断ったのだが、聞かない。仕方がないので「じゃあ、私があと5元払うから、自分の分も記念につくったら」と言うと、「私は今日ここに来られただけで幸せなんです。こんなところには、一生来られないと思っていたから。弟には普段何も買ってあげられないから、すごくいい記念です」と言うと、筆者に1枚プレゼントしてくれた。

 その金メダルは今、この原稿を書いている筆者のパソコンのすぐ横に置いてある。

北京の女子とはまるで別世界の住人
改めて感じる厳し過ぎる中国の格差社会

 その後、北京に移動して同世代の中国人に会った。彼女の話をするとみんな驚き、中には涙ぐむ子もいた。中国のテレビのニュースなどでは「留守児童」の問題をかなり取り上げているが、都会の多くの中国人は実際そういう場所に行ったこともないし、交流する機会はない。同じ中国人とはいえ、一生に一度も交わることがない別世界の存在だ。

 北京の女の子は私の著書にも登場するエリートで、この秋から高校3年生。両親は大学教授と官僚という家庭で育った1人っ子だ。進学校の国際クラス(英語で重点的に勉強するクラス)に入り、アメリカの大学に進学を予定している。毎月のお小遣いは500元(約1万円)で、それ以外に親のクレジットカードも使用できるなど、何不自由のない暮らしをしている。都市部では、このような子は珍しくない。

「私は本当に幸せなんですね……。私たち、同じ中国人なのに……」

 北京の女の子が声を詰まらせながら言った言葉が、厳しすぎる中国の格差社会を物語っているように聞こえた。