創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届しています。

 普通は、知人の紹介でもない限り、“安心して遊べる”お店であるかどうかは入ってみなければわかりません。今も昔も水商売といえば、みなさん、ボッタクリなどを警戒するものです。

 そこで白いばらでは、外看板に大きな文字で「明朗経営」とうたうことにしたのです。「明朗経営」とは、「明朗会計」をもじった造語で、明朗会計と意味合いは同じなのですが、会計だけでなく、お店全体が明るく隠し事はないですよ、というアピールになっています。

 正直、明朗会計なんて現在は死語ですよね。でも、すでにベロベロに酔っ払っていても、「明朗経営」という文字だけなら読んでいただけるだろうと思い、今もそのままにしています。

 さらに明朗経営の根拠となる料金表を、店の入り口と各テーブルに表示するようにしました。

 最近は銀座でも、ショーウインドウに大きく「シャツ九八〇円」「バッグ三九八〇円」などと、値段を張り出すお店がめずらしくなくなりました。

 でも、昔の銀座では、どこもしていませんでした。理由があります。接待での利用が多かったからなんです。

 大切な取引先をお店に連れて行こうとした時、オモテで値段の張ることがわかってしまうと、相手が恐縮して店を変えてしまうことも出てきます。逆に、安いお店であればそれはそれで、「俺はこの程度の扱いか」と気分を害してしまう方がいるかもしれません。

 ですから、店の外に値段を掲げるのには、勇気がいりました。しかし、あえてそうする必要があるくらい、当時の銀座にはワケのわからない料金を取っているお店がたくさんあったのです。特に水商売の経営者には、稼げるだけ稼いで、お客さまが減り始めたらさっと店を畳む、そういう割り切りがありました。

 でも、白いばらの社長はそうした考えを嫌う人でした。銀座で堂々とお店を続けていくために、お客さまとの信頼関係を重要視したのです。

 チップについても、現在はお客さまに「チップはご辞退申し上げます」とお伝えしていますし、料金表だけでなく、トイレにまで張り出しています。

 なぜ不要にしたのかというと、「渡すべきなのか」「いくら渡せばいいか」など、お客さまに余計な気苦労をかけないためです。せっかく夢のひと時を過ごしに遊びに来ていただいているのに、チップのことで現実に引き戻されては気の毒ですし、お店のサービスを心から楽しんでいただくことはできません。

 もちろん、それでもチップをくださるお客さまはいらっしゃいますし、チップをいただくシステムにしたほうが、そのぶんスタッフの給料を下げることができ、目先の経営的には助かるかもしれません。

 けれども、そんな些細な点にこだわるよりも、クリーンなお店としてお客さまに認知していただくほうがずっと大切なんです。明朗会計だからこそ、来店してくださるお客さまもたくさんいらっしゃるからです。

 常連のお客さまの中には、「今日は一万五〇〇〇円で!」というように、来店時に予算をあらかじめ告げる方もいらっしゃいます。そうしたお客さまには、私たちはその金額を超える前に、「この注文でだいたいご予算の金額になりますよ」と正直に伝えます。黙っていれば、もう一杯注文してもらえるかもしれません。でも、そうしません。

 ある方はもう何年もの間、二ヵ月に一度、年金の受給日の翌日に必ず来店され、「どう、元気にしてた? 今日はこのぶんで遊ばせて」と、ホステスにお金の入った封筒を渡すんです。

 失礼ながら、受給日の翌日だけいらっしゃるということは、けっして暮らしにゆとりがあるわけではないのでしょう。そんな大切なお金を白いばらで使ってくださるのです。

 そうしたお客さまの想いや期待を裏切るわけにはいきません。最高のおもてなしをしたいと思うのです。