創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届けしています。
現在、白いばらには、下は一八歳から上は五〇歳過ぎまで、あらゆる年齢層やタイプのホステスが在籍しています。高級クラブやキャバクラでは、一八歳から二五歳くらいのホステスが多く、三〇代になったら自分の店を出すか、この仕事を辞めるかの選択を迫られるようになります。でも、白いばらでは三〇歳を過ぎてからがピークです。
一般的な水商売と違って、白いばらでベテランに活躍の場があるのには、理由があります。お客さまの裾野が広いからです。
白いばらのお客さまは、年齢層が幅広く、成人して父親に連れてきてもらった若者もいれば、もう五〇年通っているという古株のお客さまもいます。また、ショーを楽しみにお越しになる方もいます。
なかでも常連のお客さまは、昭和の昔から何十年もずっと通ってくださった、言わば遊びのベテラン。そういった人と二時間、三時間にわたり会話をして楽しませることができるのは、やはりベテランのホステスなのです。
しかも白いばらでは、こうしたお店ではめずらしく、ホステスにノルマがありません。
ですから、お互いが私利私欲に走らずに協力関係を結んで、お客さまをもてなします。話をじっくり聞くのが得意なホステス、自然な色気でお客さまを癒すホステス、バカ話で盛り上げるホステス、さらに、ほかのホステスのサポート役にまわるホステスなど、自然と役割分担が決まってくるのです。
このようにホステスの人数が多いので、ほかのホステスにも気を配ることのできる、まとめ役のホステスは、とてもありがたい存在になってきます。
先輩ホステスが新人ホステスにお客さまの前での所作を教えたり、難しい性格のお客さまが帰った後で、ねぎらったりしている姿をよく見かけます。逆に先輩ホステスも若手のホステスから、今の流行や言葉などを教わったりします。年配の常連のお客さまに連れられて、若いお客さまが来店することも多いので、ベテランホステスにとっても、最新の流行を知ることは大切なんです。
これが、お店に若いホステスだけしかいないとなると、すべてのお客さまの相手を彼女たちがすることになります。しかし、お客さまの中には、若いホステスだと何を話していいかわからなくて疲れてしまう、という方も少なくないのです。
幅広い年齢層のホステスがお店にいればお客さまも、前回は若いホステスと新鮮な会話を楽しんだので、今回はベテランホステスとのんびり昔話に花を咲かせるといったように、趣向を変えて遊ぶこともできます。
もちろん私も、高級クラブにいるような若いホステスの魅力もわかっていますし、熟女や恰幅のいい女性だけを専門に集めたお店があることも知っています。ホステスの層を絞ったほうが、お客さまのターゲットを絞りやすいし、ホステスの管理もしやすいことも承知しています。
ですが、ターゲットが広ければ、流行に左右されず、アイドルブームにも熟女ブームにも対応できます。どんなお客さまにも楽しんでいただくことができますし、ほかのお客さまも安心してご紹介いただけるはずです。お客さまに長く通っていただけるような安心感を追求することが、何よりも経営の安定につながるのです。
といっても、初めから意図的に幅広い年齢層のホステスを集めたわけではありません。八〇年という歴史の中で、自然と築き上げられてきたのです。何十年も指名してくださるお客さまがいるから、無理に辞めさせる必要がないんです。
実は、白いばらのホステスのほとんどは、日中はOLや販売員というように、別の仕事についている“素人”さんです。銀座でも八丁目に多い高級クラブに在籍する、プロフェッショナルのホステスとはまったく違います。
高級クラブのホステスが真紅のバラやカサブランカだとすれば、白いばらのホステスは野菊やスミレ、タンポポといった風情の女性たち。こうした素人さんだからこそ、幅広い人材を集められる面もあります。
高級クラブでは、ホステスを集めるために、水商売に向きそうな美人の娘を街でスカウトしたり、他店からの引き抜きを試みたりします。
でも、初代社長はこうした集め方を避けました。スカウト活動には多大なコストがかかりますし、せっかくスカウトに成功しても、人気が出るとすぐ他店に引き抜かれてしまうかもしれません。逆に他店から引き抜くには、その子の現在の給料より高い金額を支払うことが前提となります。
これらのコストのしわ寄せは、お客さまの料金にすべて跳ね返ってくることになります。そこで初代社長はプロや美人ばかりを集めるのではなく、銀座界隈の商社やデパートなどで日中働いている“素人”に働いてもらうことにしたのです。関西で言う“アルサロ”(=アルバイトサロン)です。
それでも当時、こうした女性を集めるのに、現在の金額にして年間二〇〇〇万円ほどかかったといいます。今以上に水商売の仕事に偏見の強い時代でしたから、ホステスを集めるのはそう簡単なことではなかったのです。
それに、ようやく焼け野原から復興し、化粧品などの販売が復活し始めた頃ですから、素人女性といえばすっぴんのモンペ姿が当たり前。水商売では「新人や素人はつまらない」というのがお客さまの常識でしたから、リスクの伴う決断でした。
でも、素人さんゆえにコストを抑えられるぶん、安い料金(当時は“大衆料金”と言いました)で遊んでいただくことができます。素人をウリにすれば、高級クラブのように賃料の高い建物にテナントを借りる必要もなくなります。
結果的に、お客さまにリーズナブルに楽しく飲んでもらい、長く通っていただくことができるはずだと考えたのです。フタを開けてみると、狙いは的中しました。高級クラブは敷居が高いというお客さまに加え、高級クラブとはまた違った遊びの場として、富裕層や文化人のお客さまからも支持を得ることができたのです。