『プレゼンは「目線」で決まる』の著者である日本マイクロソフト・西脇資哲氏は、IT業界を代表する「エバンジェリスト」として知られている。一方、ITの世界でもう1人、エバンジェリストとして有名な人物を挙げるとすれば、ソフトバンクの首席エヴァンジェリストである中山五輪男氏をおいて他にはいないだろう。今回は、プライベートでも親交があるという2人のトップ・エバンジェリストの対談をお送りする。(撮影/宇佐見利明) 

「デモ」で動かすか、「事例紹介」で動かすか

――まずお聞きしたいと思っていたのは、お2人のプレゼンのスタイルの「違い」についてです。お互いに「ここは自分の得意領域だな」「相手のこの部分には敵わないな」という点はありますか?

中山五輪男(なかやま・いわお) ソフトバンク株式会社 首席エヴァンジェリスト 1964年(東京オリンピック開催年)長野県伊那市生まれ。法政大学工学部卒。 複数の外資系メーカーを経て、01年ソフトバンクコマース(現・ソフトバンクBB)に入社。BB推進部の部長としてYahoo! BBのコンシューマ向けセキュリティサービス(BBセキュリティ)の開発やSaaSのエヴァンジェリストとして外部での講演活動に従事。現在はソフトバンク株式会社の首席エヴァンジェリストとして活躍中。国内20以上の大学での特別講師も務めている。著者に『スマートフォンの衝撃』(共著)がある。

中山五輪男(以下、中山) そこはかなりはっきりしていますよね。西脇さんのプレゼンは、デモ(デモンストレーション:デバイスやソフトウェアを使った実演)が中心なんだけど、私は事例紹介を徹底するスタイルです。
最近まではiPadの企業向け導入を勧める講演が多かったんですが、ひたすら企業の導入事例を集め続けていました。

西脇資哲(以下、西脇) その点はわかりやすい違いですね。
ただ、両者ともユーザー目線である点は共通していると思います。資料を読み上げて機能とか仕様を紹介することはしないんですよね。私の場合なら「使い方」を見せる、中山さんの場合なら「使っている人・会社」を見せる。
アプローチは違いますが、ユーザーにアクションを起こさせるという目的は、2人ともかなり明確に意識しています。それが通常の「売り込み」的なプレゼンとは違うところではないかと思います。

中山 そのとおり。私が事例紹介にこだわっているのは、お客さんに「じゃあ、うちもこういう使い方ができるな」というふうに、想像を働かせてほしいからなんですよね。

――事例紹介が中心になるということは、やはり資料の作成がキモになってくるということでしょうか?

中山 新幹線の中ではひたすら資料づくりですね。「iPadを企業に導入することで、こういう効果があった」という事例をすべての業種について集め尽くし、3000ページ以上のプレゼン資料を持っています。
年間300回近く講演していますが、毎回、参加者の層を見ながらその事例ストックを組み合わせています。「今日の聞き手は製造業の方が中心だな」というときには、製造業中心の事例を組み合わせる、という具合ですね。

西脇 そうは言っても、中山さんのプレゼンって「たくさんの資料を見せられちゃって疲れるなあ」という感じはしないんですよ。1時間の講演で50枚くらいのスライドがあると思いますが、トークのテンポがいいですし、動画などもうまく組み込んでいますので、聞き手が飽きないんですよね。

プレゼンのトークは
「NHKニュース」のシャドウイングで磨け!?

――普通の人がお2人のプレゼンを見たときにまず驚かされるのは、あの流れるような「トーク」だと思うのですが、話し方などの練習はどうされていますか?

中山 西脇さんは話し方の練習って、やってる?

西脇 さすがにもう練習っていうのは……やっていないですね。

中山 そうですよね、じつは私ももうやっていません。ただ、以前はかなりやりましたよ。家に帰ったら、NHKのニュース番組を見ながら「シャドウイング」するようにしていました。

西脇 へえ、それは面白いですね! シャドウイングというと、耳から聞こえた音を影のように追いかけて発声するという、英語のトレーニングでは一般的な方法ですよね。どうしてまたそんなことをやってみようと思ったんですか?

中山 以前、自分のプレゼンをビデオに撮ってもらったことがあるんです。けっこうちゃんと話せているつもりだったんですが、それを見たら「なんなんだ、これは……」という感じで、もう恥ずかしくて死にそうでした。

西脇 あ、わかります。早口だったんですよね?

中山 そうなんです。われわれ2人って、とにかく話すスピードが早いんですよ。過去にも他の人から「中山さん、ちょっとだけ話すのが速いわね」なんて言われたことはあったんですが、「たしかにそうかもな……」くらいにしか思っていなかった。ですけど、ビデオに撮影して客観的に見たら、想像以上に早口で愕然としたんです。
それ以来、プレゼンのときにはかなりゆっくり話すよう意識しています。いまでも普段はけっこう早口なんですけどね。

西脇 中山さんもそんなふうに思ったときがあったとは意外ですね。それで、NHKをシャドウイングするというのは、誰かに教わったんですか?

中山 そういうわけじゃないですけど、やっぱりNHKのアナウンサーの話すスピードというのは、老若男女、誰が聞いても聞き取りやすい速さだと思うんです。だから、民放のアナウンサーよりもNHKのアナウンサーがいいと思って、とにかくニュースの音声を完全にシャドウイングするというトレーニングをいつもやっていましたね。

――話し方などでそれ以外に意識していることはありますか?

中山 「え〜」とか「あの〜」とかは絶対言わないようにしています。けっこう難しそうに思えるかもしれませんが、これは意識するだけでかなり出ないようにコントロールできますよ。
コツとしては、「出そうだな」と感じた瞬間に、パクッと口を閉じてしまうことです。そうすると、そこに微妙な「間(ま)」が生まれますよね。初心者のうちはこの沈黙が怖いんですけど、この「間」が取れるようになると、逆にプレゼンが落ち着いて見えるんですよ。

孫正義さんから指導されたプレゼンのコツ

――中山さんはどういう経緯でエバンジェリスト(ソフトバンク社内の肩書きとしては「エヴァンジェリスト」)というポジションになったのですか?

中山 私も20代のころは、ひたすら資料を読み続けるみたいな恥ずかしいプレゼンをしていました。最初はプログラマーだったので、あまりそのあたりに対する問題意識もなくて……。
ただ、スティーブ・ジョブズと当社社長の孫(正義)、この2人のプレゼンだけはものすごく影響を受けました。

西脇 当時、何年ぐらいでしたか?

中山 2007年、ジョブズがiPhoneを初めて発表したときのプレゼンです。それまではエバンジェリストなんていうポジションは全然メジャーじゃなかったんですが、あのあたりから「プレゼンターの重要性」が一般的にも認知されるようになっていったように思います。

西脇 中山さんはソフトバンクのエバンジェリストですから、もちろん孫正義さんのプレゼンは間近で見る機会も多いと思います。孫さんのプレゼンは、どういうところが一番すごいとお考えですか?

中山 まず資料が徹底して精査されていて、ワンスライド・ワンメッセージのポリシーが貫かれているのでわかりやすい。あとは、ゆったりとした口調と説得力があるトーク。まあ、これはいろんな人の本に書かれていることだと思います。

私が気づいたのは、孫はあっちを見たりこっちを見たりというように、首を動かしながら話さないんですね。政治家の方なんかは、よくそんな話し方をしますけど、あれって見ているほうが疲れちゃうんですよ。彼は視線を向けるほうに身体ごと動かしている。

西脇 そう言われると、たしかにそんな気がしてきますね。

中山 実は私も以前、孫から注意されたことがあるんですよ。「中山、あんまりキョロキョロと顔を動かすな」って。それ以来、なるべく首と身体を一緒に動かすように意識しています。
やってみて気づきましたが、これには「落ち着いて見える」ということのほかにもう1つメリットがあります。ピンマイクをつけているときに首を動かすと、首の向きによって音量が変わってしまうことがあるんですが、首を動かさないと音量が一定になって、聞き手が安心しながら聞けるんですよね。

西脇 へえ〜、孫さんから直々にそんなアドバイスがあったんですね。あとはどんなことを言われましたか?

中山 同じように「中山のプレゼン、たしかにうまいんだけど、やっぱりちょっと速いな」って言われましたね。孫はプレゼンのときも本当にゆっくり話しますからね。

西脇 なるほど、たしかに。でも、あのくらいの立場で、あのくらいの年齢の方が話すから、ゆっくりでも聞き手が耳を傾けてくれるっていう側面もありますよね。われわれがあの話し方をしても、キャラに合わないんじゃないかなと。

中山 パワフルでスピード感があるプレゼンのほうが、いまのわれわれのステージには向いているかもね。

西脇 あと、やっぱり孫さんがステージ上に立ったら、当然、全員が孫さんを見るじゃないですか。資料が美しいとかプレゼンがカッコイイとか、新製品が発表されるとか、そういうこと以前に、孫さんが話すとなれば、みんな話を聞きたい。それは孫さん自身に魅力があるからです。
われわれが同じことをやっていたら勝ち目はないんですよ。だから私は、ふつうの人がやっても十分に効果が出るようなテクニックというのを意識していて、研修や書籍でもその部分を教えるようにしていますね。

(後編に続く)