9月24日に安倍晋三首相が発表した「新3本の矢」。「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」が新たな矢として提示され、それぞれの目標として「GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」が掲げられた。だが現時点での巷間の評価は厳しいものが多い。とりわけ、旧3本の矢の実質的な柱であった金融政策への言及がなかったことが波紋を呼んでいる。どう読み解くべきか、クレディ・スイス証券の白川浩道チーフ・エコノミストに聞いた。白川氏は、政府の政策方針自体が定まっておらず、結果として市場に大きな混乱を招きかねないと指摘する。(まとめ/フリーライター・奥田由意)

旧3本の矢は“お役御免”なのか
まだ生きているのか

「新3本の矢」発表に市場はほとんど反応しなかった。一方で追加金融緩和への期待は強いが……

 まず注目は、安倍首相が記者会見の冒頭で、「デフレ脱却は目前である」と発言したことです。もともと第二次安倍政権ではデフレ脱却を目標として再優先に設定しており、アベノミクスの元々の3本の矢も、これを達成するために打ち出されたものでした。

 新3本の矢について「アベノミクスは第2ステージに入った」という言い方をしていますが、“従来の3本の矢はほぼ目的を達成したので、もうお役御免”というふうにも聞こえます。

 しかし、これには、市場関係者、特に外国人投資家は非常に不満でしょう。彼らは、日本経済はまだ成長の道半ばだと思っています。そうした中で、“もう追加緩和は行われないのか”、“政府は成長戦略もやることをやった、という認識なのか”となっていまいます。

しらかわ・ひろみち
クレディ・スイス証券 チーフ・エコノミスト。1983年慶応義塾大学経済学部卒業。日本銀行、OECD(経済協力開発機構)、UBS証券を経て現職。内閣府「日本経済の実態と政策の在り方に関するワーキング・グループ」委員。著書に『世界ソブリンバブル 衝撃のシナリオ』、『危機は循環する デフレとリフレ』、『消費税か貯蓄税か』、『日本は赤字国家に転落するか』、『孤独な日銀」など。

 問題は、“従来の3本の矢を、新しい3本の矢に置き換えた”ということなのか、そうではなく“元の3本の矢は生きていて、それに新たに加えられた”ということなのか、です。

 前者であれば、市場は厳しい評価を下す。まだ、旧3本の矢が完遂できたとは評価できないからです。後者ならば、政策的には「ぎりぎりセーフ」ということになる。

 首相の会見だけではどちらなのか判断できませんが、実際には、政府・与党内でもコンセンサスが取れていないのではないでしょうか。新3本の矢の位置づけや、旧3本の矢との関係が定まっておらず、混乱状態にあるように思えます。

 また、新3本の矢自体にも、疑問があります。外国人投資家の間には、「あれは“矢”ではない、“的”だ」との声があります。元々の3本の矢は、目標に向けた具体的な政策や方針そのもの、つまり“矢”だったのですが、今回出てきた、GDP600兆円、介護離職ゼロ、出生率1.8などは、政策ではなく単なる“目標”ではないか、ということです。