過去、自らの発言で窮地に立たされたこともある橋下市長だが、その歯に衣着せぬ物言いには、批判ばかりでなく賛同の声が寄せられることも少なくなかった。こうした従来の政治家とは一線を画した「伝える力」が、これまでの幾多の政争の中で、橋下氏が政治生命を保つことができた重要な要素の1つではないかと、筆者は考えている。

 そこで本稿では、いつもと趣向を変え、今回の内紛劇の意味を「橋下徹流の伝え方」を軸にして客観的に観察してみたい。そして、かつて大手コンサルタントファームに勤務した筆者の経験も交えながら、ビジネスパーソンの読者諸氏が仕事で必要とする「プレゼン力」に橋下流の伝え方をどう応用できるかについても、言及してみたい。

ビジネスに見る「80対20の法則」
なぜ正論は伝わりにくいのか?

 まず、人にモノを伝える際に陥りがちな落とし穴が、「正論」は必ず相手に受け入れてもらえる、という思い込みだ。今回の内紛劇で言えば、橋下徹大阪市長も、松野頼久・維新の党代表も、どちらも自らの言い分こそが正論だと信じて疑っていないだろう。

 橋下徹大阪市長の正論はこうだ。維新の党が民主党に吸収されてしまうことへの危機感を背景に、維新の存在価値を主張し、いわゆる大阪派議員を一方的に処分した執行部は、そもそも9月末に任期が切れており、10月1日以降の執行部の決定は無効である、という理屈だ。党代表の任期延長は党規約に記載された「重要な事項」であり、それは党大会で決められるもの、と主張している。

 確かに、一見正論である。これを橋下徹市長独特の切れ味鋭い言葉で主張されれば、多くの人が納得することだろう。

 ただし、小難しい法律論はさておき、少し冷静に考えてみれば、「素直に受け入れられない」と感じる点もある。9月末で執行部の任期が切れることを知っていたならば、なぜ臨時党大会をもっと早く開かなかったのか。任期が切れたはずの執行部と、10月1日以降に協議を続けていたのは何だったのか。また、維新の党を「統治能力がない」と断罪するが、その党を設立したのも今のメンバーを選任したのも、他ならぬ橋下徹市長自身ではなかったか。

 一方、松野頼久代表側の正論はこうだ。橋下徹市長は維新の党を離党した立場でありながら、党の内乱を煽り、党執行部への批判を繰り返した。松野代表からすれば、とんだ災難とも言える。確かに橋下徹市長が主張するように、「永田町病」にかかった議員が維新の党内部にいるのは事実だと筆者も思う。だが、正直「何を今さら」という感もある。