樋口は、主婦連など、消費者団体から何か言ってくると、待ってましたとばかりに自分から出かけた。

「そうすると、不思議そうな顔をして、会長、副会長が出て来られる。弁護士も出てくるわけですよ。それで、ここへ来る人なんていないんだけど、あんたみたいに、言うたらすぐに来る人は初めてだ、と。

 僕はここへ来るのが楽しい、おもしろいと言った。そうすると、弁護士さんがいろいろと言うから、あなた方から呼ばれてないから黙っていてください、と。それで僕は会長さん、副会長さん、みんな仲良しになっちゃう、すぐ」

 ビールについてもそうだった。

 社長時代、樋口は「苦情大好き」と言って、かかってきた電話をすべて記録させ、こちらから「こんにちは」と電話をかけた。まさか、社長自ら電話をかけてくるとは思わないので、「ホンマに、あんた社長なの?」と疑われたこともあった。

 私との対談で樋口は、「苦情というのは成長のもとですよ。やっぱり刺激受けるから、非常にありがたい」と言い、「わざわざ電話をよこすというのは、かなりしつこい人でしょう」と尋ねると「そういうの大好きなの」と笑っていた。

 それで私は脱帽したが、苦情をある種の宝として大切にしたことが、アサヒビールの奇跡の急成長の秘密だったことは容易に想像がつく。“朝日”ビールではなく“夕日”ビールだと陰口を叩かれるほど、当時、アサヒビールはキリンなどに差をつけられていたからである。

 思いがけないところで会ったこともある。

 夕方、池袋へ向かう地下鉄丸の内線に乗っていたら、池袋に着く少し前に樋口に声をかけられた。奥さんと一緒に目の前に立っている。その時のことを樋口はこう語っていた。

「そんなに何回も会っていないのに結構会ってるような気がするから、不思議な人。この間、池袋の芸術劇場へ行こうと思ったら、佐高さんが目の前で本を読んでいた。悪いなあと思ったけど『こんにちは』と言ったの。そしたらこの人びっくりした顔してね。『あんた地下鉄に乗ってるの?』って言うの」

 「あんた」ではなく「樋口さん」と言ったはずだが、驚いたことは確かである。広告などを見てると楽しいので、樋口はわりに電車に乗るのが好きだったらしい。