実は、世界の金融業界の中心地である米ウォール街は、80年代から数学との関係を深めてきた場所だ。NASA(米航空宇宙局)によるロケットの打ち上げ計画の凍結などの影響で、数学や物理学の博士号を持つような人材が、大量に流れ込んできたのだ。

 中でもクオンツと呼ばれる分析家は、数学を駆使して金融市場の動向を予測し、多額の利益をもたらす人材として異彩を放った。

 金融商品の価格差を使った原始的な取引から始まり、次第にランダムに見えるチャートから特定のパターンを見破る洗練された分析に進化してゆく。その心臓部ともいえる数学のアルゴリズムは、いわば利益を生み出すための「秘密の計算式」であり、それが故にクオンツは徹底した秘密主義を通してきた。

「金融業界の人材を雇っても利益は上がらなかったが、科学者を採用するとうまくいった。それが種明かしです」。天才数学者であり、クオンツの中でも伝説的存在のヘッジファンド、ルネッサンステクノロジーズの創業者であるジム・シモンズは昨年、公の場でこうコメントしている。

 クオンツとヘッジファンドの猛威は、08年のリーマンショックによる甚大な損害で沈静化したとはいえ、今も数学スキルを持った人材の有力な就職先の一つだ。

 このほか、暗号分野で数学が必要な国防総省や国家安全保障局(NSA)などが、優秀な数学者をこぞって招き入れており、国も数学者の重要性を認識している。

 日本のビジネス界でも今、ようやく数学の重要性を認識する動きが見え始めてきた。

「数学がビジネスに必要となっている分野は、古くは統計学、少し前だと金融、今は情報分野です」

 トヨタ自動車やファナックが出資する屈指の人工知能ベンチャー、プリファード・ネットワークスの岡野原大輔副社長はこう話す。

 自動運転に必要な「機械学習」を中心に、同社は高度な数学的アルゴリズムを操れる逸材を雇い入れ、業界の最先端を走っている。

 IT業界だけではない。「今後、数学と無縁でいられる分野はなくなる」と、国立情報学研究所の河原林健一教授は指摘する。

 製造、インフラなどあらゆるビジネスがITを通じてサービス業化する中で、データ量は、人間やパソコン機器では到底追い付けないレベルにまで爆発的に増加しており、そこに向き合うには数学的発想が必要なのだという。