しかし、仮に筆者が会社員だとしたら、それでも定時の出社を目指すと思う。社畜とは、会社に対して奴隷状態になることを指す言葉だが、なにも「会社」という漠然とした組織に忠誠を誓っているからではない。もっと具体的な敵がいるからだ。

 彼らの名は、「社畜ポリス」。社畜を取り締まり、社畜であることを強制する善良な人々だ。社畜ポリスの取り締まりを逃れんがために、人々は会社に向かうのである。

積雪の中の定時出社は、「社会人の常識」か

・定時に出社するのは、社会人として当たり前
・雪が降ることがわかっていたのだから、事前に対策を考えておくべき
・トラブルを回避するのも、社会人に必要な能力の一つ。それができない奴には、重要な仕事は任せられない
・いかなる場合も遅刻は甘え。学生気分が抜けていない

 社畜ポリスたちの主張は、だいたいこんな感じだ。雪という自然現象を通して、なぜか社会人のあり方まで説いてくる。雪だるまやかまくらを作り、犬と一緒にかけ回った、あの素敵な冬の贈り物はどこにいったのか。いつのまにか雪も偉くなったものだ。

 雪の予報を見るや否や、社畜ポリスたちは出動の準備に取り掛かる。会社への忠誠もあるだろうが、それだけではない。あくまで、「取り締まり」が一番の目的なのだ。取り締まりの、取り締まりによる、取り締まりのための取り締まり。日本の社畜文化は、彼らの取り締まりの上に成り立っている。社会人として当たり前の常識と、必要な能力を兼ね備えた彼らは、甘えや学生気分を許さない最強の自警団なのである。

 たとえば、同じ最寄り駅を使う社員が二人いたとする。Aさんは10時に出社、Bさんは10時30分に出社。そのわずかな誤差を社畜ポリスたちは許さない。なぜ、Aさんは10時に出社できたのに、Bさんは30分も遅れたのか。社会人としてあるまじき行為だ、と。