この翌年、ホワイトは最初の重大決断を下します。69年、人気絶頂のルイス三重奏団からの脱退です。その上で、ソルティ・ペッパーズと名乗る自己の楽団を結成し、ヴォーカリストとしての道を行きます。とは言え、将来は何ら約束されていません。自主制作盤からのスタートでしたが、視線はしっかり前を向いていました。

 次なる決断は翌70年。故郷を捨て、新天地ロサンゼルスへの進出です。しかもそこで楽団名について占星術の啓示を受けます。射手座生まれのホワイトに土、風、火の相がある故に、アース・ウィンド&ファイアー(EW&F)と改名します。大手ワーナーレコードと契約し「デビュー」(写真)を発表。ここには、EW&Fサウンドの原型が明確に刻まれています。ジャズとソウルとファンクにロックやフォークの要素も溶け込む荒削りながらも真に斬新な音楽が芽生えています。しかし、売れません。

 更なる決断です。苦労をともにしてきたメンバーですが、弟のヴァーディン以外の全員をクビにし人心一新します。神の声とも称されるファルセットヴォイス(裏声)の持ち主フィリップ・ベイリーを参加させ、双頭ヴォーカル楽団に変貌します。72年、新たにコロムビアレコードと契約。ここから快進撃が始まります。

 75年発表のアルバム「暗黒への挑戦」(写真)が初の全米1位アルバムとなります。シングル“シャイニング・スター”も同時に全米1位です。マイルス・デイヴィス的複合リズム が冴え渡ります。続いて、LP2枚組の大作「灼熱の狂宴」(写真)を発表。これも全米1位を記録します。収録したのはライブ音源8曲とスタジオ録音5曲。師匠のルイスも“太陽の女神”で客演。ライブならではの迫力とスタジオならばこその緻密な音づくりで彼らの圧倒的な実力を見せつけます。そして77年最高傑作「太陽神」(写真)の発表です。切れ味鋭い16ビートのシンコペーション、完璧なハーモニー、管楽器群の咆哮、鋭角的にして親しみやすい旋律の完成形です。EW&Fが世界を席捲します。日本では“宇宙のファンタジー”が爆発的にヒットしました。

 しかし、長年の激務とストレスがホワイトを蝕み、パーキンソン病に罹ります。96年、ホワイトは、ステージと決別しプロデュース業に専念することになります。エンターテイメントの世界で常に先頭を走ってきた彼には大変な決断でした。そして2007年、エグゼクティブプロデューサーとして「インタープリテーションズ」(写真)を発表。チャカ・カーンやララー・ハザウェイらEW&Fに魅せられた現代アーティストのEW&Fカバー集です。ホワイト率いるEW&Fの音楽が如何に普遍的なものかを如実に示す傑作トリビュート盤です。

 デヴィッド・ボウイ、モーリス・ホワイト、合掌!彼らの肉体が滅びても、彼らが築き上げた音楽の王国は永遠に残ることでしょう。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)