唐突な感じではありますが、生命についてです。

 私達の身体は60兆個の細胞で出来ています。そして、日々新陳代謝が行われ、古くなった細胞は壊れ、新しい細胞が生まれます。だから、頭では、何かが失われて何かが生まれるということは、理解できます。

 しかし、実際の人生で、最愛のパートナーが亡くなったような時、胸に去来するのは激しい喪失感です。心から血が流れ出ます。自分自身の重要な部分が欠落してしまった感じです。自分を自分たらしめていた本質を失くした感じです。

 一方、時の流れとは不思議なもので、かけがえの無い大切な人を失った傷も徐々に少しずつ癒えていきます。その傷が完全に治癒することは難しくても、何とか立ち直ることは可能です。悲しみのどん底で見たものが、次への飛躍に繋がるのかもしれません。

 と、いうわけで、今週の音盤は、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」(写真)です。マーヴィン・ゲイの最高傑作にしてニューソウルの真髄を集めたこの音盤には、喪失と創生の物語が秘められています。

政治色の強い名盤の謎

 アルバム「ホワッツ・ゴーイング・オン」の冒頭を飾る“ホワッツ・ゴーイング・オン”は、先行シングル盤として1971年1月に発表されました。

 時は、ベトナム戦争真っ最中の時代です。ニクソン大統領は、ベトナムからの撤退を模索しながらも、実際にはベトナムへの介入が加速していました。米国社会は学生を中心に反戦運動が盛り上がった『いちご白書』の頃です。“ホワッツ・ゴーイング・オン”は、そんな時代を反映して戦争を直截に批判しています。

 『冷静にいこうじゃないか。争いは答にならない。憎しみに打ち勝てるのは愛だけだ』という歌詞が印象に残ります。

 政治色いっぱいの曲でしたが、4月にはビルボード誌で全米2位まで上昇します。

 実は、それまでマーヴィン・ゲイは愛と性の歌手で、これほど政治色の強い曲を歌ったことはありませんでした。