「沈む国」にビジネスチャンスを見出した
若きオランダ人建築家

 私はある朝、海辺に戻り、ロイヤル・ダッチ・シェル社の本社から10キロメートル足らずのところで若い建築家に会った。彼のターゲット市場は、マーシャル諸島のように海に沈みはじめる国が増えるにつれて、拡大していた。

建築家のコーエン・オルトゥイスは当時、39歳にしてすでに、その先進的なビジョンにより称賛を得ていた。CNNやBBCは好んで彼の言葉を引用し、彼は以前、「タイム」誌の選ぶもっとも影響力のある100人の投票で、122位にランクされたこともあった。

「私たちには慣れ親しんだ生活があります」とオルトゥイスは言った。「そしてその生活を、まったく変わることなく今のとおりに維持しなくてはならないと私たちは考えます。しかし、母なる自然への対応を変えることができれば、気候変動も自然の1つの作用にすぎない――1つのチャンスなのです。思うに、気候変動は問題だとの見方に囚われている人が多すぎるのです。むろん問題もありますが、気候変動によって私たちの生活がどのように改善されうるのかという点に注目してみようじゃありませんか」

 オルトゥイスは、ウェーブのかかった豊かな髪の、背の高い男性で、いかにも建築家らしい服装をしていた。黒のアンダーシャツに黒のVネックセーター、暗い色のジーンズに革のブーツといったいでたちだ。話をしながら彼は、オフィスの大きな窓から外を眺めた。オフィスは運河をわずか1メートル足らず下に見る赤レンガの建物だった。

「私たちは幸運にも、多彩な解決策に囲まれたこの国に居あわせています」と彼は言った。かつて「ここは、何も描かれていないキャンバスのような国でした。私たちはそこを道路や住宅、橋で埋め、今も埋めつづけています。この絵が完成することはけっしてありません」。オランダは海水や河川、降雨との多面的な闘いで勝ちを重ねてきた。「わが国の解決策に他国が関心を寄せる大きな理由は」と彼は続けた。「多くの都市、多くの大都市――そう、大都市のじつに9割近くが――水辺に位置しているからです。河川や海、デルタ地帯の間近にあるのです。ニューヨーク、東京、シンガポールなど、枚挙に暇いとまがありません。そして、どこもみな同じような苦境にあります」

 オランダは長年、守勢を保ってきた。堰を築き、ポルダーの水を抜いた。だが、オルトゥイスの構想は、端的に言うと、攻勢に転じるというもの、つまり、水を遠ざけようとするのではなく、水面上に浮遊式の世界を構築しようというものだ。オルトゥイスは、自身が率いる開発企業ダッチ・ドックランズ社とともに、ハウスボートではなく、幹線道路や集合住宅、公園、空港、教会やモスクといったインフラを持つ浮島を設計した。彼が思い描くのは、人口10万人のデルフトと同規模の浮遊式ハイブリッド・シティだった。

「私たちは、気候変動世代の一員なのです」とオルトゥイスは熱を込めて語った。「建築家や創造性に富んだ人こそが、この新世界をデザインすべきでしょう。過去に倣うばかりの人たちもいますが、必要なのは新しいアイデアです。それこそが、私たちのモチベーションであり、責務なのです――やるしかないのです! 私たちがやらなければ、ほかの誰がやるでしょう? それを実現するのは、私たちなのです!」(同311-313ページより抜粋)

 新進気鋭の起業家のインタビューにも見えるが、こうした態度はオランダで珍しいものではないようだ。他にも、数多くの「ビジネス」があるのだ。治水テクノロジーのハブ「低地のシリコンバレー」を目指すロッテルダム、ニューヨークに防潮堤を売り込む多国籍企業アルカディス社、果てはヨーロッパに押し寄せる難民を押し込める浮遊式の拘置所――そのえげつない商売の数々は、ぜひ『地球を「売り物」にする人たち』を確認してほしい。
  そんなオランダの本音は、オルトゥイスが取材の終わり際に漏らした次の言葉を示せば十分だろう。

「なにしろ、こうした水域はいくらでもありますから」(同318ページ)

次回は、旱魃による水不足を「潜在市場」と言ってしまうイスラエルの人工雪製造/海水淡水化ビジネス業界についてのレポートを紹介する。3月16日公開予定。(構成:編集部 廣畑達也)