エバーノート本社で採用された最初の日本人で、シリコンバレーでよく知られる外村仁氏が、テスラ「モデルS」から「モデルX」のアップグレードを行った。なぜ買って間もないモデルSを手放したのか。納車日の模様にジャーナリストの瀧口範子氏が密着した。
納車は工場で行う
電気自動車メーカーのテスラにとって、2016年3月31日は特別な日だった。
その夜8時半にロサンゼルスでは「モデル3」の発表会が予定されており、共同創設者兼CEOのイーロン・マスク自らが基本価格3万5000ドルの、言わば初めて一般向けとも言える価格帯での新モデル製造をアピールすることになっていた。
そして日中、同じカリフォルニア州のサンホセ近郊のフリーモントの同社工場では、納車センターとして特別テントが張られ、その中で「モデルS」や「モデルX」を受け取りに来た顧客が担当者から車の説明を受けていた。
驚くのはそこに並べられた新車の数、そして切れることなくそれを取りにくる客の流れだ。シリコンバレーではテスラ車を見かけることはもう珍しくなくなったが、こんなにたくさん客がいるのかと驚くほどである。SUVタイプのモデルXの受け渡しは昨年12月から徐々に始まっていたが、ことにこの日は四半期の末日、全社を上げて出荷台数の押し上げに励んでいる様子で、次から次へと客がやってくるのだ。
そのテントの中で説明を受けている客のひとりが、外村仁氏である。外村氏は3年前からテスラ「モデルS」に乗る、アーリー・アダプターのひとり。その日は、「モデルS」から「モデルX」へアップグレードするためにやってきた。
すべての顧客は
実車を見ずに注文する
先に進む前に、ここで外村氏の紹介をしよう。エバーノートがまだ社員20人ほどの時代に参画した日本人である外村氏は、シリコンバレーの日本人の要的存在と言える。東京大学工学部出身、ベイン&カンパニー、アップルを経て、スイス国際経営大学院でMBAを取得。シリコンバレーでは、ストリーミング技術のスタートアップ起業経験も持ち、幅広い人脈の持ち主。数々のスタートアップへのアドバイザーを務めるほか、シリコンバレーに研修にやってくる高校生や大学生らにも協力を惜しまない。彼の元へは日本の大臣や政治家らも見聞を広めにやってくる。
その日、外村氏は家族と一緒に「モデルS」に乗ってここへ来た。テスラでは新車受け渡しの際に工場見学もできることになっており、外村家にとってはそれも楽しみのひとつだ。3年前から工場がどう変わっているのかも目にできる。
新車を取りに来た客は、まず工場の一角に設けられた「納車エクスペリエンス」と名付けられたコーナーで登録をする。いったいどんなエクスペリエンスが待っているのかと、楽しみになるような名前だ。iPadに入力して、飲み物を取って来てソファでくつろぐことしばし、小箱を手にした担当者がやってきて自己紹介した。本日の納車担当だ。その彼に導かれて、テントへ入っていく。
「青にしたんだったよね」と外村氏と夫人は、テントに並んだ中から青い車を探しつつ歩を進める。実は「モデルX」の注文はすべてオンラインで行われ、実際の車体も見ていないという。これは外村氏だけではなく、モデルXを注文しオプション選択をやったすべての客がそうだ。テスラでは注文時に見本車もなかったのだ。