「おしんこ? なんすか、それ?」

 庶民向け天ぷら専門店が少なくなったもうひとつの理由は、天ぷらを食べる客が減っていることだろう。若い人でも寿司、そばの専門店なら入った経験はある。しかし、天ぷら専門店は敷居が高いようだ。

「天ぷら食おう」「おっ、いいね」といった会話をするのはたいてい熟年だ。
若い客が少ないのが天ぷら専門店の宿命なのだが、それでも、天兵にはたまに上司に連れられた若いビジネスパーソンが入って来る。

 すると、井上は若い客からこんな質問を受ける。

「すみません、天ぷら以外で何かないすか?」

 井上恭兵は考える。

「きっと、居酒屋に来た感覚なんでしょうね。うちは天ぷら専門店ですから、天ぷら以外はおしんこくらいですと答えたら、『おしんこ? なんすか、それ?』と言われました。おしんこをつまみに燗酒を飲むなんてことをやる人は老人だけです」

 そういったこともあり、塩ラッキョウ(320円)、酢のもの(540円)、からすみ(750円)、旬のおつくり(1250円)という、つまみメニューも置いた。しかし、いずれも渋い好みのメニューだから、ポテトサラダ、肉じゃがといった居酒屋風のつまみを時々は出すことにしたという。

「天ぷら屋ですから、やっぱり天ぷらを食べてほしい。お得なのは天ぷら定食の梅です。海老、魚、野菜の他に単品で頼むと1000円のかき揚げが付きます。それがご飯、おしんこ、赤だし付きで1650円。すると、この間、若い方から『すみません、この定食の後に付いている松とか竹ってどういう意味ですか?』と聞かれました。松の方が竹よりも上等だという常識はもはや通用しないんですね。『並って何ですか? 上と並だとどこが違うんですか?』とも聞かれます。それでも、うちにはまだそういう若い人がやってきているのだから、ありがたい」

 井上が言うように、あと10年もしたら、冷凍でない材料を使う町の天ぷら屋は消え去るだろう。行くのならいまのうちだ。