「支援制度」には、年齢の上限があり、目的が「就労」しかない。あらかじめ「ゴール」が設定されてしまって、そこに進む選択肢しかない。

 ただ、「行ってみようかな」と思えるような居場所も含めた、社会に出て行くためのきっかけになるような場がないのである。

 誰のための、何のための支援なのか?今の「支援制度」そのものが、当事者たちのためになっているのか?

 そんな問いを突き付けられているような気がする。

「いいことをやっている」と過信
そんな支援者が当事者を追い込む

「ただの引きこもりという状態像だけを見るのではなく、その一人ひとりを見てほしい。人間として向き合って、一人ひとりの価値を認め、尊重していける支援。社会参加が目的になるのではなく、本人が自分の生き方、自分の生きる力を見つけられることが大事だと思う」

 そう制作スタッフは指摘する。

 これらの声から見えてくるのは、やはり「型にはめない支援」というキーワードだ。

「ここに載っている以外にも、人間不信や恐怖心から勇気を出した1歩が、支援者の一言によって傷ついて、もっと深く傷ついて人を信じられなくなってしまうという声は多いんです。そこから、また1つ勇気を出すには、さらに時間がかかってしまいます」

 例えば、冊子に記載はされていないものの、支援者から言われた言葉の中に「楽しもうよ」という言葉がよく出てくる。