”安全地帯”にとどまる限り、絶対に成長できない

 もちろん、”分不相応”なチャレンジをすれば、その分だけ苦労をします。

 F1でも、ずいぶん苦労しました。なにしろ、世界中からF1の経験が豊富で優秀なエンジニアが集結しているのです。彼らが思いつかないような、ゼロイチのアイデアを形にしていかなければならないのだから、強烈なプレッシャーを感じたものです。

 最初の障壁となったのは英語。もちろん、渡欧するまでに英会話学校に通うなど勉強をして、TOEICの点数も500点を超えるくらいにはなりました。だけど、もちろん、それでは現場で通用しません。

 日常会話もろくすっぽできないのですから、開発現場で交わされる議論に加わることなどできません。文書もすべて英語ですから、読み解くだけでも一苦労。膨大で複雑な英語のルール集(レギュレーション)を熟読して頭に叩き込まなければならないのも、僕にとっては大きなハンディキャップでした。 

 屈辱のあまり、思わず涙がこぼれたこともあります。
 あるエンジニアと意見が対立したときのことです。どう考えても、相手の主張は技術的に誤っているにもかかわらず、僕の英語では適切な反論ができない。感情がたかぶればたかぶるほどに、通じる英語が出てこなくなるのです。相手もそれをわかっていて、僕がまごついてるうちに、一方的に押し切ってしまう。情けなくて、悔しくて、知らないうちにポロッと涙が流れて、自分でも驚きました。

 だけど、こんな悔しい思いを数多くしたからこそ、僕は英語を克服できたのだと思います。「このままではF1界で生き残れない」という切迫感と、「このままやられっぱなしでたまるか」という反骨心。これらが原動力となって、必死になって英語にくらいつくうちに、メンバーと対等に議論ができるようになっていたのです。

 それに、コミュニケーション・スキルのマイナスを技術力で補うためにも、より一層、技術への向き合い方も真摯になりました。それはまるで、目の見えない人の聴覚が、健常者より鋭敏になることと似ている気がします。そして、結果を出すためにひたすら仕事に没頭するうちに、徐々にエンジニアとしても一人前の仕事ができるようになっていったのです。

「泳ぎは水に入らないと覚えない」
 日本で昔から言われることですが、まったくそのとおりだと思います。
 ”安全地帯”にとどまっている限り、人間は成長することはできません。”分不相応”な環境に、図々しく飛び込んでいって、時に溺れそうになりながら、必死でもがいているうちに泳ぎを覚える。これが、成長の鉄則だと思うのです。