天才ダ・ヴィンチの複雑な生い立ち

 レオナルド・ダ・ヴィンチの名で何を思い浮かべるだろう。スフマート技法による『モナ・リザ』の作品だろうか、またはキリスト教の聖書に登場する『最後の晩餐』の画家としてだろうか? 周知の通り、彼は絵画のほか彫刻・建築・科学・数学・工学・解剖学・地学・植物学など、極めて広い分野に精通していた。各分野における天才だということは確かだとしても、どのような環境で育ち、複雑な戦時下、パトロンを変え逞しく生き延び、失敗に失敗を重ねても妥協せずに制作に取り組んだ様子はフォーカスされていないのではないか。

『僕はダ・ヴィンチ (芸術家たちの素顔)』
著:ヨースト カイザー 監訳:岩崎 亜矢 翻訳:市中 芳江
パイ インターナショナル 80p 1600円(税別)

 本書ではレオナルドの複雑な生い立ちから、フィレンツェでも最高の芸術家とされる師ヴェロッキオに出会えたこと、そこから独立しルネサンス期の各都市に移らなければならない状況がイラストとともに理解できる。ポップなイラストとリズム感のある文章のおかげで、レオナルドの物語はテンポよく進み、まるでドキュメンタリー映画を見ているかのような心地よさだ。

 非嫡出子として産まれたレオナルドの洗礼名はレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ。これは単純に「ヴィンチという町に住む、セル・ピエーロの息子レオナルド」という意味でしかない。「レオナルド」というごくありきたりの平凡な名前でスタートした彼の人生は、晩年まで私生児とからかわれ続けていた。ただレオナルドは公証人である父の影響を受け継いだのか、記録を好む性分であった。それは手稿に残された1万5000ページにわたる自然や動物、工学への記述があり、それらが随所でレオナルドの作品と人生を切り開く助けとなっている。