社会起業家とアントレプレナー

【入山】「お金よりもやりがい」ということで言えば、藤沢さんは社会起業家についてはどう思われますか?

【藤沢】私は「社会起業家フォーラム」という団体の副代表もやっているんですが…実はこの言葉にはちょっと違和感があるんですよね。そもそも企業というのは、社会の役に立つからお金がもらえるのであって、その意味ではどの会社も「社会的」だと思うんです。だとすると、本来どのビジネスパーソンもみんな社会起業家なのでは…と思ってしまって。

【入山】なるほど。

【藤沢】イギリスでブレアが首相になったとき、国の財源が不十分だったため、社会福祉をアウトソースしようという発想が生まれました。これが「社会起業家」というカテゴリーの出発点だそうです。
社会福祉を民間で実現するために、Demosというシンクタンクがつくられて、当時27歳のトップが「社会起業家」を理論化していった。それがアメリカを回って、日本に入ってきた、という経緯があります。

【入山】へえ、そうなんですか。

【藤沢】それまで「チャリティ」と呼ばれていた活動が、寄付に頼らない、自立可能なNPOという形になって日本に入ってきたわけですが、じつは日本ではこれってもともとあった感覚だったのではないかと思っています。
たとえば、日本の100年企業は地元の雇用を長期にわたって守っていますよね。彼らは普通の営利企業ですが、地元の雇用を長期的に守るというのは社会貢献そのものですから。

【入山】なるほど。たしかにそうですね。あと、若い起業家でも「僕は社会起業家です」とか言っている人って見たことがないです。

【藤沢】言いませんね。逆に、一部の起業家さんは「私は社会起業家と呼ばれたくない」と言っていたりするくらいです。日本の社会起業家はNPOとしてスケールアウトして海外に進出できるようなビジネスモデルになっていませんから、あまりいいイメージがないのかもしれません。
逆に、経営学の世界では、社会起業家というのはどう扱われているのですか?

【入山】社会起業家には3種類があると言われています。

1.地域密着で社会貢献する
2.ビジネスモデルを変えることで社会貢献する
3.制度を破壊することで社会貢献する

この3つのうちでも、日本は地域密着型がすごく多いです。マザーハウスとかクロスフィールなどは、ビジネスモデルを変えるタイプかもしれないと思っています。一方、3番目の「制度を壊す」タイプの、たとえばグラミン銀行みたいな社会起業の例は、日本にはまずないですね。

【藤沢】日本は国内のマーケットだけで生きていける特殊な状況にあるので、世界を舞台にしてビジネスを標準化するというのは、けっこう難しいのかもしれませんね。社会企業の場合は、そもそも資本があまりないから、一気に海外に出ていくのも難しいのかな。現地でマネジメントができる人を雇うのにもお金がかかりますし。

【入山】資金面の難しさはありそうですね。

【藤沢】トップリーダーにとって大切なのは「共感する人」と「お金」をどれだけ集められるか。これは営利企業であっても、NPOであっても同じですよね。立ち上げのときにも、成長拡大のためにも必要です。

【入山】本当にそう思います。

【藤沢】以前、元マイクロソフトのビル・ゲイツさんと楽天の三木谷浩史さんの対談があったときに、司会をさせていただいたことがあります。ビル・ゲイツさんは、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を立ち上げたりして、かなり積極的に慈善事業をされていますよね。でもご本人は、「今も昔も自分がやっていることは同じだ」と言っていたのが印象的でした。

【入山】マイクロソフト時代も、現在の財団の活動も同じだと。

【藤沢】そうです。彼がやりたいのはつねに「世の中の枠組みを変えること」であり、かつてはその手段がコンピュータのビジネスだったけれど、いまはそうではなくなった――ただ、それだけのことだというわけです。
日本の経営者の中にも、ビジネスを成功させ、それにある程度満足したら、社会的な活動に軸足を移すような人が出てきたら面白いなと思っています。