同族はビジョンが強い
最強は婿養子の同族企業?

【入山】同族企業の経営は往々にしてビジョナリーなものになりますが、やはり難しいのは、後継者が必ずしも優秀とは限らないということです。面白いのは、業績がいい会社について統計分析すると、同族と非同族では同族のほうが業績がいいということですね。とくに「婿養子」が最強というのが明らかになっています。

【藤沢】面白い!

【入山】某アナリストの方が、「婿養子経営者」のリストを作成しているんですよ。これを見ると、アシックス、松井証券、スズキ自動車、ゼリア新薬、コメリ、リンナイ、フジソフト、リメビア、シスメックスなど。

【藤沢】へえ〜、非常に興味深いですね。婿養子なら、ビジョンもしっかり継承されるし、社外から優秀な人を引っ張ってこられる可能性がある。両方揃えられるというわけですね。

【入山】それ以外の道としては、役割を分けてしまうことですね。経営の実務そのものはプロの経営者に任せつつ、ビジョンの部分はしっかりと創業家がキープしていく。
この方法でうまくいっていそうな企業はカルビーです。カギとなるのは、いかにプロ経営者とオーナーとのあいだでビジョンを共有できるか、ですね。

【藤沢】そういう意味では、CEOとCOOという分け方はいいのかもしれませんね。CEOがビジョンを提供し、COOが実務を行うというような。

【入山】ええ、一人のリーダーが両方の要素を持っている必要はないんです。

【藤沢】昔の日本は中国に国のつくり方を学んでいたわけですが、飛鳥時代のころに「中国はクーデターが多い。中国のやり方では、安定した長期政権がつくれないのではないか?」という問題意識が日本に出てきました。そして、天皇家を存続させる道を真剣に考えた結果、「統治者が権威と権力の両方を持ってはいけない」という結論に行き着いたそうです。天皇が持つのは権威だけにして、政治権力はその時々の為政者に委譲すればいい、というわけです。

【入山】なるほど、なるほど。

【藤沢】天皇は権威だけを持つ。それによって世界で最も長く続く統治が可能になったと。これはリーダーシップの本質にもつながる部分があるのではないかと以前から思っています。

【入山】面白いですね〜。

【藤沢】権力を持つ人たちはつねに入れ替わる。でも権威は続いている。まさにファミリー企業のオーナーと経営者の関係性ですよね。

【入山】そしてピンチになると、明治維新のときのように天皇も前面に立ち、ともに働くと。

【藤沢】そう。危機のときには、権威を持つリーダー、ビジョンの大元となっているリーダーが出てきて差配する。そうした役割分担によるリーダーシップは、日本古来の知恵なのかもしれません。日本に100年企業が多いのも、それに通じるところがあるのではないかと思っています。

【入山】豊田家もトヨタ自動車が世界ナンバーワン企業になろうというとき、章男社長を出してきましたね。叩かれやすく、ある意味ピンチに陥るリスクが高い変革期だったからこそ、豊田家出身のリーダーが出てきた。

【藤沢】しかも、トヨタには章一郎名誉会長も控えていらっしゃる。トヨタでは、役員全員が年に何度か、章一郎名誉会長に会いに行っています。ディーラーの人たちも年に1度は、名誉会長に会えると聞いたことがあります。これがトヨタのビジョン共有の核になっているのかもしれません。

【入山】ご本人も自覚的にそうされているのかもしれませんね。

【藤沢】ちなみに、イノベーションなどについても、名誉会長から降りてきている話が多いようです。豊田中央研究所の菊池所長は、名誉会長から「筋斗雲に乗りたい、水と空気でできた筋斗雲をつくってくれ」と言われたそうです。

【入山】それが燃料電池車(FCV)になった…?

【藤沢】そう。

【入山】ははは(笑)。

【藤沢】「筋斗雲ができました!」と言ったら、「いや、筋斗雲にはハンドルがないだろう」と言われたりして…。

【入山】今度は自動運転?

【藤沢】そのとおりです。

【入山】ははは(笑)、すごいですね。一方で僕が思うのが、創業家を敬うのは大事なんですが、社員が一族を神棚に乗せてしまっているような企業はダメですね。……社名は伏せますが。

【藤沢】そうなんですよね。そこのバランスは非常に難しいと思っています。ただ、日本の同族経営にはよく指摘されるようなマイナスの部分だけではなく、企業を長く持続させるための仕組み、イノベーションを起こすための仕組みが残っているのかな、と感じています。

(後編に続く)

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