新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、サプライチェーンの混乱、国境を超えた移動の制限など、これまでグローバルな経済活動の前提となっていた諸条件を大きく変化させた。また、米中のデカップリングの進展やステークホルダー資本主義の台頭も、グローバリゼーションの見直しを迫る要因となっている。一方で、国内の人口と市場の縮小が進む日本経済にとって、国際協調と自由貿易を前提としたグローバルな事業展開や人・資本の交流は、生き残りのために避けては通れない道である。グローバルな経済活動の流れを止めず、なおかつ国際社会と協調しながら成長を目指すために、ポストコロナの時代において日本企業はどのようなマネジメントを求められるのだろうか。

危機における
リーダーのあるべき姿とは

編集部(以下青文字):新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世の中や企業経営に与えた影響について、どのようにご覧になっていますか。

危機の時代のリーダーは<br />明日をつくり、今日を戦う早稲田大学
ビジネススクール 教授
内田和成
KAZUNARI UCHIDA
東京大学工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)入社。2000年から2004年までBCG日本代表を務める。この間ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には「世界の有力コンサルタント、トップ25人」に選出。2006年より早稲田大学教授。著書に『リーダーの戦い方』(日本経済新聞出版、2020年)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(同、2015年)、『右脳思考』(東洋経済新報社、2018年)、『論点思考』(同、2010年)、『仮説思考』(同、2006年)など多数。

内田(以下略):飲食店やホテル・旅館など、人の移動や接触が前提となっているリアルビジネスをされている方々は深刻な損害を被っており、本当にお気の毒だと思います。

 他方、グローバル経済の動きを見ると、必ずしも深刻な影響が続いているわけではありません。たとえば、世界貿易機関(WTO)の「中間財貿易に関するリポート」注)によれば、世界の中間財輸出は2020年第2四半期(4〜6月)に一時的に落ち込んだものの、それ以降は回復が続いており、21年第1四半期(1〜3月)は前年同期比20%増でした。国別の伸び率は中国が最も高く、アメリカ、ドイツが続いています。つまり、世界経済は相変わらず動いているのです。

注)中間財は、最終財の製造に投入されるもの。穀物やテキスタイル、金属など。

 海外の主要国は早い段階から経済活動の再開を模索していました。日本はコンセンサスを重視する社会なので、反対する声があるとなかなか再開に踏み切れません。

 国際通貨基金(IMF)の経済見通し(2021年10月発表)では、21年の先進国の実質GDP成長率予測は5・2%、日本は最も低く2・4%となっていますが、再開出遅れも影響しているでしょうね。世界の動きに合わせていかないと、グローバル経済において日本は過去の国になってしまうのではないかと懸念しています。

 コロナ禍は危機ではありますが、企業経営においてピンチや変化はチャンスととらえるべきだと私は思います。合意形成を重視する日本では、世の中のムードが一色に染まりやすいところがありますが、閉塞感があってもしっかり前を向いている経営者もいます。

 私が知っている運輸業界のある経営者は、コロナ禍で巨額の赤字を出しましたが、「大きな試練だけれども、これを乗り切れば新しい世界が待っている」と、けっして悲嘆に暮れたりしていません。

 また、外食大手のある経営者は、「コロナ禍に限らず、危機はいつか必ずやって来る。それに備えるのが経営者の仕事だ」とおっしゃっていました。

 危機の時代のリーダーは、今日を乗り切ると同時に、明日をつくっていかなければなりません。これが不得手なリーダーが日本には多いという印象を持っています。

 少し古い話になりますが、第二次世界大戦の最中、「欲しがりません、勝つまでは」を合い言葉に、国民はひたすら耐え忍んでいました。だけど、勝った後にどういう世界があるかということを示さないと、リーダーとしては失格です。

 そもそも勝つことが本当にベストなのかということも考えなくてはなりません。総力戦で互いに疲弊し切って、勝つには勝ったけれども100あった経営資源のうち10しか残らなかったとしたら、それは正しい判断なのでしょうか。70、80の経営資源が残っている段階で、「これ以上無益な戦いはやめよう」と和平交渉をして、お互い新しい世界をつくっていくほうがよほど建設的です。勝つことだけ、生き残ることだけに汲々としていると、明日をつくることはできないのです。

 先に述べた2人の経営者は、危機の中でも事業ポートフォリオを組み換えたり、ビジネスモデルを転換したりして、明日をつくろうとしている。リーダーとはそうあるべきだと思います。