帝国ホテルPhoto:JIJI

英国屋の展示会で
スーツ生地を選ぶのは誰か

 帝国ホテルで展示会を開いた英国屋は高級紳士服のテーラーで、創業は戦前の1940年。銀座にある本店のほか、全国に9店舗を擁している。英国屋でスーツを作ろうと思ったら、安くても1着で20万円はかかる。シャツを作るのだって2万円以下ということはない。

 神田のビジネスホテルの狭い部屋に延泊した翌日のこと、岡藤正広はエージェントと待ち合わせて帝国ホテルへ行き、英国屋の展示会場へ足を踏み入れた。

 生地が並べられていて、スーツを着る紳士たちは英国屋の営業マンとテーブルに腰かけてコーヒーを飲みながらにこにこしていた。中高年の紳士たちは展示してあった商品には目もくれず、営業マンとゴルフの日程を決めたり、よもやま話をするだけだ。

 実際にスーツ生地を品定めしていたのは、紳士と一緒に会場にやってきた妻と娘だったのである。むろん、ひとりでやってきた紳士もいただろうけれど、圧倒的多数は家族、それも妻子と一緒の男たちだった。

 女性陣は自分が着るわけでもないのに、生地やデザインに一家言、持っているようだった。

「ね、ママ、パパにはこのグレーがいいんじゃない?」
「何言ってるの? こんな高いのはダメ。そこにある紺色でいいの」
「ママ、いくらなんでもこの生地は安っぽいから、パパがかわいそう」

 着る人間に、ほぼ選択権はなかった。父親は妻と娘が「これにしなさい」と決めたものを黙って買っていくしかなかった。