資料を読んだり情報を集めたりして、何度も内容を確認したうえで、提出物を締め切りギリギリまで練り上げる。そういった地道な取り組みをきちんと見つけて、受け止めてくれる先生の存在は、慎重で内向きな子どもにとっての安心できる「居場所」になるでしょう。

 たとえば、総合科学を深く教えられる理科の先生、書道や哲学の素養を持った国語の先生、博士号を持ち自分の研究を続けている先生。そういった「自分の世界を持つ大人」こそが、探究心旺盛な子どもの価値を理解してくれる存在となってくれるのです。

 一方、楽観度の高い子どもは、思いついたことをどんどん積極的に行動に移していける環境があれば、のびのびと成長することができます。「子どもの思いつき」と否定することなく、「まずはやってみよう」と後押ししてくれる先生の存在があればこそ、実際の行動に移せるのです。

 どちらの子どもも、それぞれ「自分を受け止めてくれる大人」がいるかどうかが、学校選びの一つのポイントになります。

「自由な校風」に
隠された2つの意味とは?

  「自由な校風」という言葉には、実は2種類の意味があります。

 1つは「表面的な自由」。制服がない、校則が緩い、という類いのものです。しかしそのような一見自由な校風に見える学校でも、実は学びのカリキュラムが細かく管理されていたり、提出物の課題が多く、内容や提出率を詳細に管理したりする場合もあります。

 もう1つは「自主決定権を委ねる自由」。行事の企画から学びのプロセス、さらには提出物の管理まで、生徒の自主性に委ねる学校です。

 この2つの「自由」の度合いによって、子どもがどのような学校生活を送るのかは異なりますので、学校選びの際によく考えておきたい点です。

 さらに注意が必要なのは、慎重度の高い子にとって、後者の「自由」はしんどい場合があるということです。慎重な子どもほど、「今やっていることは正しいのか」「この方法でいいのか」と気になり続けてしまうもの。むしろ、こまめに小テストがあって「自分は正しく進めている」という安心感を得られる環境のほうが、自由に自分の興味を深める力を発揮できたりします。

「自由な校風」という学校のイメージに惑わされず、「わが子が自由を感じる条件」とは何かを、親として改めてよく観察し、学校選びの際にきちんと考えておく必要があります。