津田正夫 社会学者 1943年、石川県金沢市生まれ。京都大学経済学部を卒業後、1966年にNHKに入局。アナウンサー、ディレクター、プロデューサーとして報道番組の制作・開発に従事。1995年から2002年まで東邦短期大学の経営情報科教授として教鞭をとり、2002年から2012年には立命館大学産業社会学部の教授を務める。その間、世界のパブリック・アクセス制度の調査・紹介に力を入れ、市民主体のメディア制度の研究・実践を推進。活動の拠点として「市民とメディア研究会・あくせす」や「市民メディア全国交流集会」、京都の「メディアフォーラム」、岐阜の「てにておラジオ」などを持つ。 曽祖父は“裏切り者”だったのか?死者1000人超「悲劇の大事件」の知られざる真実 津田正夫 急激な工業化が進んだ明治時代の公害問題として代表的な足尾鉱毒事件。田中正造の闘争はよく知られているが、故郷を追われた大多数の農民たちの記録は、ほとんど残っていない。鉱毒の溜池とするべく廃村にされた、悲劇の谷中村(現在の渡良瀬遊水地)の村長・茂呂近助のひ孫が、ファミリーヒストリーとともに日本近代史をたどる。※本稿は、津田正夫『百姓・町人・芸人の明治革命』(現代書館)の一部を抜粋・編集したものです。 2024年1月4日 19:00