北京オリンピックが閉幕。大方のメディアは、大気汚染問題は深刻化しなかったとの認識を示しているが、それは事実ではないとジョンズ・ホプキンス大学のサメット教授は警鐘を鳴らす。同氏いわく、健康被害は深刻で、アスリートの成績を左右していた可能性もある。(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)
ジョナサン・サメット博士 |
オリンピック選手への大気汚染の影響が問題となったのはじつは北京が初めてではない。1968年のメキシコや1984年のロサンゼルス、2004年のアテネのときもそうだった。だが北京の状況はこれまでとは比較にならないくらいひどかった。
中国では急激な経済発展を支える電力を供給するために、石炭火力発電所がどんどん建設され、大量の汚染物質が排出されている。現在、人口100万人以上の都市は50を超えるが、そのほとんどは石炭火力発電に依存している。
また、都市部のクルマの交通量が激増し、排ガス汚染も深刻だ。北京の空はいつもどんよりして、高層ビルをはっきり見ることすらできない。さらに北京の地理的条件も汚染に拍車をかけ、北部のゴビ砂漠から乾燥した空気とともに大量のちり・埃が運ばれてくる。
中国の大気汚染レベルは200~300マイクログラム(1立方メートル当たり)と推定されるが、これは米国の7~8倍だ。また、健康被害リスクの疫学調査では、米国の大気汚染による死亡者は年間2万~3万人だが、中国は30万人に達する。米国の4倍強の人口を考慮しても、中国の死亡率は圧倒的に高い。
北京オリンピックが始まって3日目で、練習中に咳がひどくなったり、喉の痛みを訴えた選手が出たことを米国メディアは報じた。北京の高温は汚染による健康被害を悪化させる。特に喘息を抱える選手は、肺が汚染物質に過敏になるので注意しなければならなかった。
アスリートのあいだで喘息は珍しくなく、米国人選手の15~20%は過去に喘息の診断を受けたり、治療薬を使用したりしている。陸上・長距離の金メダリストで世界記録を持つエチオピアの選手が、喘息の悪化を理由にマラソン参加を取りやめたのは理解できる。
昨年9月、北京で行なわれたマウンテンバイク競技会で、米国人選手が気管支の痙攣(けいれん)を起こして途中で棄権した。マラソンや自転車など持久力を競う選手は絶えず大量の空気を吸ったり吐いたりするので、汚染物質もたくさん吸い込む。その選手はそれで気管支が炎症を起こし、気道が狭まって痙攣を起こしたのかもしれない。