三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第135回は「万が一」の事態への備えを説く。
「万が一」が招く認知の歪み
主人公・財前孝史は投資部の先輩の安ヶ平慎也の伯母である真知子と出会う。凄腕の生命保険外交員、真知子は保険は「万が一」のために必要と説く。財前は直感的に、そんな発生確率の低いリスクに備えるべきか、疑問を抱く。
保険との付き合い方で一番大切なのは、「認知の歪み」の克服だ。累積コストを考えると保険は極めて高額の「お買い物」だ。しっかり考え方を整理して賢明な選択をしたい。
財前が指摘するように「万が一」は字義通りなら0.01%となる。現実には「万にひとつも無い」という慣用句が示すように、「まずは起きない」というニュアンスと考えていいだろう。起きる可能性を無視できる程度のリスクというわけだ。
この「万が一」ほどリスク管理において厄介なものはない。ベストセラー『まぐれ』で知られるナシーブ・ニコラス・タレブが提唱した「ブラックスワン」のように、可能性は極めて低いけれど、現実になれば重大な影響を与えるタイプのリスクは認知の歪みを招きやすい。
混迷する中東情勢を例に考えると分かりやすいだろう。ガザ問題を起点としたイスラエルとイランの対立は、第5次中東戦争に発展してもおかしくない緊迫感をはらむ。とはいえ、現時点で両国が全面的な軍事衝突に至る可能性は「万が一」のレベルでしかない。
悪夢が現実になれば原油価格は軽く1バレル=100ドルを突破しかねない。一方、現状では世界景気の緩やかなスローダウンで原油価格が大きく上がらないシナリオの方が可能性は高い。投資家は「現状維持かやや弱めの原油相場を想定しつつ、『万が一』の急騰に備える」という股裂きのジレンマに直面している。
中東のように読めない火種が増えるほど、リスク管理は難しくなるわけだが、ウクライナ情勢や日米の政治・金融政策、中国経済、AIバブルなど今はそんなテーマがゴロゴロしている。いつ「黒い白鳥」が飛び立ってもおかしくない不確実な時代だ。
「掛け捨てはムダ」「もったいない」は本当か?
こうした「万が一」にどう備えるべきか。カギを握るのは金融派生商品のオプション的な思考だろう。
オプションは一種の掛け捨て保険と考えればいい。日経平均を例にとれば、単純に今後値上がりすると思えば、連動する投資信託か先物を買えば済む。だが、投資資金は固定されるし、株価が下がれば損失を被る。
「値上がりするかは自信がないが、万が一の急騰に備えたいだけ」という場合、例えば「年末に日経平均を4万2000円で買う権利(コールオプション)」を買う手がある。
日経平均がそこまで届かなければ無価値になるのでオプションの価格はそれほど高くない。半面、もし株価が大暴騰すれば大きなリターンが見込める。株価が下落してもコストはオプションの購入金額に限定される。まさに「株高の掛け捨て保険」として機能するわけだ。
万が一に備える各種の保険にもこの発想は応用できるのだが、一般に、掛け捨てをもったいないと感じてしまうのが人間の認知のクセだ。「捨てる」という言葉が含まれているのも一因だろう。
冷静に考えれば、自分にとって都合の悪い「万が一」が現実にならなかったのだから、掛け捨て保険が無駄になるのは良いことなのだ。保険の組み立てでは、最低限のリスクを掛け捨てでカバーすることを大原則にプランを練った方が良い。
1ページ目7段落目:1ドル100バレル→1バレル=100ドル
(2024年11月12日9:45 ダイヤモンド・ライフ編集部)