「デフレ」に関しては、いくつもの誤解がある。
経済学的にはまったく正当化できない議論が、数多く、しかも堂々と行なわれている。場合によっては、経済学の命題とまったく逆のことが主張されている。
こうした議論は、明白に誤りであるにもかかわらず、人々の考えに大きな影響を与えている。そして、日本の経済政策にも多大の影響を与えてきた。日本経済が過去15年もの間、長期停滞から脱却できなかったのは、こうした誤った考えが支配的だったからだ。
これらは、経済学上の争点となるような複雑な問題ではない。それどころか、経済学のごく初歩的な点に関する誤りである。それらの多くは、現象の一部しか見ていないことに起因する。経済現象では、一部が変わると他も変わるのが普通なのだが、それを考えていないのだ。経済学の言葉で言えば、誤った議論は、部分均衡分析しかしておらず、一般均衡分析的な視点を欠いているのだ。そして、事態の一部のみを取り出して、誤った結論を導いている。
以下では、ごく普通に見られる典型的な誤りについて述べよう。
デフレに関する典型的な誤解(1)
──企業利益が減少する
「現在の日本で企業利益がはかばかしくないのは、デフレだからだ」と言われることが多い。
たしかに、他の条件がすべて変わらず、ある企業の製品価格だけが下がるのであれば、その企業の利益は減少するだろう。利益額が減少するだけでなく、資本利益率も低下する。
しかし、現実の世界で下がっているのは、製品価格だけではない。原材料価格も賃金も下がっているのである。
教科書的な意味でのデフレでは、すべての価格は一様に下落する。したがって、すべては相似的に縮む。だから、利益額は減少するが、実質値(一般的な物価変動率を用いて名目値を修正した値)で見れば、変化はない。あるいは、他の指標(たとえば、利益の売上高に対する比率)で見れば、変化はない。つまり、問題にすべきことは、何も生じないのである。
ただし、前回までに述べたように、現実には、工業製品の価格の下落が賃金の下落より激しい。だから、製造業の利益が減少しているのは事実だ。つまり、現実に生じているのは、教科書的な意味のデフレ(相対価格が変化しない物価下落)ではなく、相対価格が変化する物価変動なのである。だからこそ、問題なのだ。つまり、「物価下落が教科書的な意味のデフレではないから問題」なのである。