「株長者」が続々?
上場後も社員は淡々

──それにしても、LINEというのは東日本大震災のときに、大切な人とつながる新しいインフラが必要だということで生まれたサービスですから、まだ生まれて5年なんですよね。LINEのサービスを開始した当初、今あるような事業の姿をどのくらい想定しましたか。

出澤 最初から、「コミュニケーション」が一番大事でそこからいろいろ始まるという認識はあって狙っていましたが、この規模まで、あるいはスマートフォンがここまで早急に普及するというのは想定を超えていました。2011年の6月にローンチできた、というのは非常に大きくてやはりタイミングが大事だったと思います。その年の秋にKDDIさんもiPhoneを販売するようになり、スマートフォンの普及期と重なったことが非常に大きかったと思いますね。

――出澤さんご自身、経営者として会社を上場させるというのは大きな節目であると思いますが、ここに来るまで、どれだけ難しい仕事がありましたか。

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出澤 私は初めて就職したときに生命保険会社で営業をやっていて、2001年にオン・ザ・エッヂ(後のライブドア)に入りました。会社がすごく急成長した時期で、私は営業マンとして入ってその後、マネージャーのような立場になったのですが、そこで成長の歪み、痛みみたいなものを経験し、中間管理職として凄く大変だったというか、勉強になりました。会社が急成長するときは、社内が燃え上がって良いところもあるけれど、やはり働いている方はすごく大変で……。

 その後、ライブドア事件があって再建を担う立場になったのですが、私にとっては再建は「すごく大変なこと」ではなかったです。「大変ではない」というと語弊がありますが、再建というのは先が見える仕事であって、マイナスをゼロにしていくときは、社内もまとまりやすいですから、当時を振り返ると、周りから言われるほど悲壮な感じではなかったです。

 その後、ネイバージャパンとライブドアの経営統合などがあり、一番大変だったのはそこからですね。LINEが生まれるまでの時期は常にもがいていたので、そこが最も難しい時期だったように思います。

――社員の中にはストックオプションで大きな上場益を手にした人もいるでしょう。上場を機に社風が変わってしまう、ということもあるようですが、心配はありませんか。

出澤 いえ、みんな、結構淡々とやっていますよ。インターネット企業なので変わり続けないといけないですから、スピード感を持って変化していくことは引き続き一番大事にしていきます。まあ、もともとモノづくり側の人間がほとんどの会社ですし、集中してユーザーさんにとって良いものを作るっていうことが、我々にとって一番の価値観。だから、上場して何か変わってしまうとか、そこはあんまりないですね。