強制だけでは、人は動かない
社員の立場に立ったインセンティブが重要

 もっとも、私はただ「課長以上が9時に出社するんだから、全員倣えよ」と強制したわけではない。早朝に出社したくなるように、さまざまなインセンティブを用意した。たとえば、午前5時から8時の「早朝勤務時間」に出社した時間管理対象の社員には、9時まで深夜残業と同等の5割増賃金を支払う。また、無料でパンやおにぎり、スープや飲み物などの朝食も用意している。結果的に、今では9時どころか、8時までに来る社員が40%を超えている。

 私は関西人だからか、「金銭」や「損得」に敏感だ。だから、前述したように、お客さまたちから、高給取りと言われている商社マンがどう見られているかを常に考えるし、朝型勤務一つ取ってみても、社員たちが「自分の持ち出しになったり、犠牲を払ってルールに従わなければならない」と思うことのないように心を配ってきた。

 もちろん、金銭や損得が人生のすべてではない。しかし、トップが理想を掲げて、社員たちに「志を高くしてついてこい」と強要するようなマネジメントでは失敗するだけだ。会社のエゴを社員に押し付けるのではなく、「しっかり働いて会社が良くなれば、きちんと報いてくれる」と社員に信用されることが大切なのだ。

 かつて東京本社では、「給料のことを口にするのは良くない」という暗黙の了解があった。私が役員になったばかりの頃、「役員の給料の計算方式が複雑すぎるし、おかしいのではないか」と発言したら、場が凍りついたことがある。しかし後になって、その場にいた1人から「あの時ね、岡藤さんが言ってくれて、僕は心の中で拍手喝采したよ」と言われた。

 東京の人は関西人ほど、金銭のことを口にしないが、それは彼らが金銭について気にしていない、ということではない。人間は金銭についてあれこれ言わなかったとしても、やはり内心は気にする生き物なのだ。それは「いやらしい人格」などということではなく、正当に報われたいとの気持ちがあるからだ。そんな当然のことを、きれいごとを言って無視するのは良くない。

 私は社長就任後、給与体系にもメスを入れた。より公平に、働きに対してきちんと報いるような制度にしたかったのだ。

 社員の給与の部門業績連動制をほぼ止めたことは1回目(記事はこちら)でも述べたが、役員の給与体系も大きく変えた。複雑で分かりにくい計算式だったから、評価指標を連結純利益1本に絞った。役員ともなれば、自分の担当部門だけを見ればいいというものではなく、全社経営の視点に立って働く必要があるからだ。

 この方式は分かりやすいが、当然ながら業績が悪ければボーナスは激減だ。だから伊藤忠の役員たちは、必死に働く。

 また、朝型勤務の結果、夜の残業は大きく減ったが、オフィスでの仕事だけでなく、飲み会も同様だ。商社マンと言えば、夜は飲み会が当たり前。しかも2次会、3次会に行って酔いつぶれる、というのが昔からの伝統だが、もうそんな時代ではない。