ヤマトグループの経営陣が抱き続けた
健全な危機感と問題提起
ヤマトグループは第1のイノベーションである路線事業、第2のイノベーションである宅急便を経て、今、第3のイノベーションと位置付ける「バリュー・ネットワーキング」構想を推進している。ここでは、物流が単なる輸送手段という枠を超えて、価値を生み出す一つの手段になるための方策を考えている。つまり、物流が新たな収益源の一つになるようなソリューションの提案だ。
「バリュー・ネットワーキング」構想を推進する上での重要な要素の1つがネットワークのハブとなる巨大施設の稼働だ。その一つ、2013年10月に稼働を始めた羽田クロノゲートは、延床面積が東京ドーム4個分の広さ。「止めない物流」をキャッチフレーズに24時間、1日60万個の荷物がさばかれ、医療機器の洗浄メンテナンスやオンデマンド印刷など、モノを運ぶ以外の付加価値を加える機能も備えている。
羽田クロノゲートは、沖縄・那覇空港そばの「沖縄国際物流ハブ」や圏央道相模原愛川ICに近い「厚木ゲートウェイ」、さらには愛知県豊田市の「中部ゲートウェイ」や大阪府茨木市の「関西ゲートウェイ」とも連携。いずれの施設も、BtoCやBtoB輸送における小口化や国際展開の広まりに対応し、付加価値を生み出す機能を備えることを目的としている。これらは「バリュー・ネットワーキング」構想、つまりヤマトグループの第3のイノベーションを牽引する施設群だ。
「バリュー・ネットワーキング」構想へと至るさまざまな試行錯誤は10年ほど前から始まっていたのだが、ネーミングを決定したのは3年前。なぜヤマトグループの問題意識が「バリュー・ネットワーキング」構想へと結実していったのか。
話は、私がみずほコーポレート銀行から転じ、ヤマト運輸に入社する2005年まで遡る。
ヤマト運輸の会長であった有富さん(慶二、後にヤマトホールディングス社長や会長を歴任)から「ヤマトに来てくれないか」とお誘いを受けた時、有富さんは次のように強調された。
「従来のままでは5年後、10年後にヤマトは潰れているかもしれない。今、それぐらい大きな構造変革のうねりが運輸業界を襲おうとしている。次の成長戦略を描けなければどうなるか分からない。危機感を共有して成長戦略を一緒に描き、それを推進するための組織体制を考えてほしい」
有富さんの話は、正直、驚きだったし、にわかに信じ難くもあった。ヤマト運輸は宅配便で圧倒的なシェアを握り、キャッシュフローも豊富で財務も健全、実質的に無借金経営だったからだ。
社風も、世間の高評価に違わないものだった。銀行員として、またバブル処理で嫌というほど多くの会社を見てきたが、ヤマトグループほど世間の評価と実際のギャップが少ない会社はない、と感じていた。
ところが有富さんは、「健全な危機意識」「健全な問題提起力」を備えていた。
宅急便事業は盤石に見えるが、市場は飽和状態で価格競争がまずます熾烈になっている。佐川急便、日本通運、日本郵便と共に「4社四つ巴」の競争が続き、宅急便だけの一本足打法では持続的な成長は見込めない。