年間1万件以上起きている放火(放火の疑い含む)。警察が凶悪犯罪と位置づけるその中に、とりわけ悪質なケースがある。「偽装放火」。失火を装い、自宅に火をつける保険金目当ての放火のことだ。放火が発覚すると保険金は下りないため、証拠が残らないように現場を偽装し、過失による火災に見せかけるものだ。

年間1万件以上起きているという放火。その中でもとりわけ悪質な「偽装放火」が、いま急増しているという。

 「偽装放火」の実態を探るため、追跡チームが訪れたのは、都内にある国内有数の科学鑑定会社・株式会社分析センター。ここでは警察や保険会社などから依頼を受け、火災の現場に偽装の痕跡がないか、最新の分析技術を使って調査している。いまこの会社には全国各地から調査の依頼が相次ぎ、依頼件数はこの5年間で1500件。リーマンショック以降は特に増え、今年度はすでに400件近くにのぼっているという。

科学の力で偽装を暴け!
年々増える巧妙なトリック

 この鑑定会社では、「偽装放火」を見抜くため、様々な最新の科学分析装置を備えている。その1つがFBIも使用している「ALS・科学捜査用ライト」。火災現場から採取した燃えカスに、特殊なライトを当てることで、火元を特定することができるものだ。一見、同じにように見える2つの燃えカス。しかし、ライトを当てると不完全燃焼の部分が白く光る。燃焼度の違いを比べることで、どちらが火元に近いのかが分かるのだ。

 一方、放火に使われた物質を特定するのが「ガスクロマトグラフ質量分析計」という1台3000万円する機械。燃えかすに含まれる成分を100万分の1グラム単位で検出し、現場に残されたごくわずかな痕跡も見逃さないものだ。最近では「偽装放火」には、灯油やガソリンだけでなく、殺虫剤やつや出し剤など油を含む様々な製品が使われるため、この会社では500種類以上の製品の検出を可能とし、製造会社や製品名まで特定できるという。

「偽装放火」を見抜くための最新の科学分析装置。燃えカスに特殊なライトを当てることで火元を特定する「ALS・科学捜査用ライト」(写真左)。放火に使われた物質を特定する「ガスクロマトグラフ質量分析計」(写真右)。

「最近は、放火を企てる人はいろんな製品を使うので、そういったものを全部検出するのがわれわれの使命。対抗できるように努力をしている」

 と科学鑑定会社の小林良夫工学博士は語る。

 この会社ではこれまで様々な「偽装放火」を暴いてきた。数年前に東北地方で起きた木造住宅の1階の和室で発生した火災。この部屋に住む男は、外出中にタバコの火が燃え移ったと主張。火は洗濯物からタンス、そしてストーブへ広がったと見られていた。それを裏付けるかのように部屋には「燻焼痕」と呼ばれるタバコに特徴的な丸い焼け跡が残っていた。

 しかし、鑑定会社で持ち帰った燃えかすを分析すると意外なものが検出されたのだ。それはシンナー。しかもシンナーが検出されたのはタンス。本来あるはずのない場所からシンナーが検出されたことで、「偽装放火」の可能性が強まったのだ。シンナーは極めて燃焼力が強く、しかもすぐに蒸発するため、痕跡が残りにくい物質だ。

 鑑定会社が暴いた事件の全容は次の通りだ。男はまず、タバコの不始末を装うため、畳に燻焼痕を作った。次にシンナーのにおいを消すため、ストーブの周りにわざと灯油がこぼし、火災でストーブが焼き焦げ、灯油が自然に漏れたかのように偽装。そしてタンスにシンナーをかけ、火を放ち、数千万円の火災保険金をだまし取ろうとしたのだ。科学鑑定会社の小林良夫工学博士は語る。

「昔は、見るからに灯油をまいてという放火が多かったが、最近はいかにも自然な失火に見せかけて、実は放火というのも年々増えてきている。そうした偽装を科学の力で見抜くというのは、いまの技術ではかなりのところまで追い込めるようになっている」