私にこの話を教えてくださったのは東洋哲学の泰斗、田口佳史先生なのですが、当時田口先生は「自分は運が悪い」と勘違いしており、松下氏に「運の悪い人はどうすべきか」と尋ねたのだそうです。すると、松下氏は間髪入れずに、「徳を積め」とおっしゃったそうです。「徳を積む」とは、「私利私欲を忘れて他のために全力を尽くすこと」を言います。

 とはいえ、我々凡人は、24時間、365日、利他で生きることは無理です。だから、松下氏は「1日1徳でいい」と言われました。1日1徳を積めば、1年で365徳、10年で3650徳。延べ人数ではありますが、それだけの人に感謝されるわけです。その中からサポーターも生まれるはずです。

 そのサポーターたちが、きっとあなたのために何かをもたらせてくれる。チャンスが巡ってくる。その状態を周りから見ると、「運がいい」と見える。そういう理屈なのです。

 社会に役立つ人間というのは、社会に善をなす人間のことです。働くとは、「人が動いて傍を楽にさせること」を意味します。私は、働くということはそもそも社会人材になることと同義だと思っています。

 人生を大きく分ければ、自己を形成するための子ども時代があってまず自分のために精一杯生きる。働き始めた前半の人生でも、自分のために働けばいい。家庭を築き、社会の一角を成す。それまでは利己でいい。

 しかし、人生の後半戦に入ったら、利己の幅を社会にまで拡大してみたらどうでしょうか。利己の拡大です。利己を広く社会まで拡大すれば、それは必然的に利他になります。拡大された利己、すなわち社会のために働くと意識を変えるのです。

 キャリア成長論では、40代というのは会社の中で自分の運命を大きく変える、極めて重要な10年であり、この10年を「出世の10年」と呼んでいます。「出世」とは何でしょうか?「会社の中で昇進する」といった狭い意味ではありません。私の言う「出世」は仏教用語です。

 本連載第20回で取り上げましたが、仏教用語の「出世」には2つの意味があります。1つは、「俗世を捨てて(仏門に入り)悟りに至ること」を意味します。出家、あるいは出世間とも言います。もう1つは、「諸仏がこの世に現れて、衆生を救う」という意味です。

 これを実社会的に解釈すると、「会社の枠を超えて、『世の中に認められるような仕事』をする」という意味になります。そうすることによって、世の中から期待される人材になり、翻って会社の中からも期待を集めることにつながるのです。だから、「40代になったら会社の枠を超えろ!」――これが主張だったわけです。