安井明彦(やすい・あきひこ)
みずほ総合研究所 調査本部 欧米調査部長。1991年東京大学法学部卒業後、富士総合研究所(当時)入社。在米日本大使館専門調査員、みずほ総研ニューヨーク事務所長などを経て2014年より現職。主な著書に『アメリカ 選択肢なき選択』『日経文庫ベーシック・アメリカ経済』(共著)『ブッシュのアメリカ改造計画』(共著)などがある。

――共和党候補のトランプ氏ですが、選挙戦ではむしろ民主党寄りと見える政策をアピールしていました。そこにも勝利の要因があったのでしょうか。

 むしろ、共和党の政策自体が昔の民主党寄りになっているという言い方のほうが、正しいと思います。これまで「大きな政府」「小さな政府」というポリシーが民主党と共和党の最も大きな違いでしたが、近年の共和党の支持者に対する世論調査の結果を見ると、彼らは年金を減らされては困ると思っているし、民主党の支持者よりも保護主義的な経済政策を望んでいることもわかります。つまり、米国全体が民主党寄りの「大きな政府」を志向する方向へと変質しているのです。

 こうした下地がないところにいきなりトランプ氏が登場したわけではなく、米国の変質の過程にたまたま彼が登場し、その方向性をさらに明確化しようとして、受け入れられた。つまりトランプ氏は現在の米国の理想にマッチした人物であって、選挙戦の最中に報じられたように、米国人から見て決して「変わった人物」などではなかったのです。

――つまり、選挙戦の流れは始めからトランプにあったと。

 結果的にはそう言えます。現状への不満の中で、これまでにないタイプの政治家が求められていたのに、クリントン氏は政策的に手詰まりだった。政治家の経験がなく、政策もオーソドックスでない例外ずくめのトランプ氏のインパクトには、他の政治家では到底太刀打ちできなかったと思います。

自分が参加できない多様性を
白人中間層は認めたくない

――そもそも共和党はそうした現状を見抜いた上で、トランプ氏を大統領候補に指名したのでしょうか。

 そこまでは考えづらい。共和党の既成勢力の中には、トランプ氏の指名を不安に思っていた人も多くいたでしょう。ただ、米国は二大政党制が激しく対立し、互いに政権を担うほど勢力が拮抗している国です。トランプ氏は暴言も吐いたが、支持率が40%を下回ることはなく、人気が底固かった。このため共和党の中に、「民主党に大統領をとられるよりはトランプ氏を支持した方がマシ」という考えはあったはずです。

 それは投票する側にとっても同じで、「本当は支持したくないけれども、また民主党は嫌だ」と思ってトランプ氏に投票した人は少なくなかったはず。政党においても国民においても、米国が大きく分裂していたということでしょう。

――分裂という意味で言えば、移民をはじめマイノリティに対する厳しい政策を打ち出していたトランプ氏の当選は、米国民のダイバーシティ(多様性)に対する寛容さの薄れを象徴しているように見えます。

 そうですね。白人の中間層は、変わり行く米国の中で、自分たちが取り残され、わき役になっていくという不安を感じているのだと思います。技術革新や経済のグローバル化により、働き口が減り、アメリカンドリームどころか、将来の自分の生活さえ危うくなりかねない。自分たちが主役でこの国をつくったはずなのに、いつの間にかマイノリティになりつつある。手の届かないところで変わって行く国をどうすることもできないし、政治家も手を差し伸べてくれない――。こうした言いようもない不安です。これまで米国人が尊重してきたのは、「自分も参加する多様性」でした。自分が参加できない多様性は、そもそも彼らは認められないのです。