この自伝は、取引、つまりカネ以外のことはほとんど出てこないので、読み通すには忍耐を要する。

 ようやくカネ儲け以外の小説のことが出てきたと思ったら、ベストセラー作家のジュディス・クランツの『愛と哀しみのマンハッタン』という作品の話で、「私も登場人物の一人」だからだった。

本当は人と握手するのが厭

 先ごろの記者会見で、気に入らない質問には答えないという姿勢を示したマスコミについては、1987年刊のこの自伝で「私はマスコミに登場するのが好きだと世間からは思われているが、実はそうではない。もう何度となく同じ質問をされているし、自分の個人生活について話すのは苦手なのだ。しかしマスコミにとりあげられることが取引の際に役立つことがわかっているので、取引について話すのはかまわない」と言っている。

 『トランプ自伝』を読んでいて、私はリクルートの創業者、江副浩正を連想した。企業に批判的な情報を含まない広告と、それを含む情報の違いがわからない江副と私はインタービューの際に論争したが、トランプも批判には拒否反応を示す。

 『自伝』の中でトランプは「なるべく早く帰るよ、とドニー(当時9歳の息子)に言ったが、彼は時間を教えてと言い張る。どうもこの子は私の性格を受けついでいるらしい。ノーという答は絶対に受けつけないのだ」と当惑気味に洩らしている。

 しかし、トランプは大統領になっても、批判や気に食わない意見には「ノー」と言い続けるのだろう。

 なぜかと考えていて、彼が黴菌(ばいきん)恐怖症であることを知って、なるほどと思った。

 佐藤伸行の『ドナルド・トランプ』(文春新書)によれば、彼はその強迫神経症を「政敵の流したデマだ」と否定したことがあるが、実は『金のつくり方は億万長者に聞け!』(扶桑社)という自らの著書で告白しているという。

 黴菌に対する不安から、トランプは人と握手するのを厭がり、渋々した後で、こっそりその手を何かで拭ったりするとか。

 そして、前掲書で、こう打ち明けているのである。

「握手というのは恐ろしい習慣だ。よくあることだが、ひどい風邪かインフルエンザか、病気にかかっている人がやって来て、『やあトランプさん、握手したいんですが』と言ったりする。そうやって黴菌が広がっていくのは医学の常識じゃないか。握手じゃなくてお辞儀で済ませる日本の習慣がうらやましい」