佐々木直美・東レ トレビーノ販売部長 Photo by Toshiaki Usami

「君はこれからこれを売るんだよ」。上司が得意げに見せてきたのは、武骨に輝く、いかにも重そうなステンレスの塊だった──。

「水は東レのトレビーノ♪」のキャッチコピーで知られる東レの家庭用浄水器「トレビーノ」は、人工透析に使われる中空糸膜の技術を応用して開発され、2016年に発売30周年を迎えたロングセラーシリーズだ。14年には本体とカートリッジを合わせた累計販売個数で1億個を突破。蛇口に直接取り付ける蛇口直結型では、国内シェア圧倒的ナンバーワンを誇る。

 しかし、ヒットを勝ち取るまでには紆余曲折があった。

 発売当初から同商品のマーケティングや販売に携わってきたトレビーノの生き字引である佐々木直美は、試作品だった冒頭の「幻の0号機」を初めて見たときの衝撃が忘れられない。大きさにして、縦30センチメートル×横13~14センチメートル、奥行き13~14センチメートル。重さは4~5キログラム。蛇口に付けられるタイプではなく、流しの周りに置く据え置き型で、価格はおよそ5万円もした。

 開発者は良かれと思ってこの形にしたのだ。東レが普段身を置く法人顧客相手のビジネスの世界では、頑丈でシンプルな製品を提供することこそ“正解”だからだ。

 入社後に配属された課が円高不況などにより取りつぶされ、トレビーノを扱う課に異動してきた佐々木は、腹をくくって売り歩いた。が、案の定、「重い、高い、邪魔になる」と言われるばかりで鳴かず飛ばず。最後は社内人脈と地縁、血縁にすがり、大幅値下げしてどうにか300台弱を売った。

「駄目なんだ、こういうものじゃ」。あらためて確信する佐々木。トレビーノ改良での試行錯誤は、こうした強過ぎる逆風に煽られたところから始まった。

 まずはステンレス製からの脱却である。「言ったんですよ、私。『これ、足の上に落ちたら骨が折れると思いますけどいいんですか』って」(佐々木)。使い勝手を考えてもとにかく軽くする必要があった。

 また、ステンレス製は傷も付きやすい。「だいたい、台所の中に金属の塊なんて置きたくないでしょ。あのころの炊飯ジャーって花柄だったりしましたから」(同)。