
質の高い顧客体験を設計するためにはデザインの力が欠かせない。そんな認識が広がる一方で、デザインの良しあしは定量化が難しく、デザイナーやデザイン組織の評価基準が曖昧なまま、という企業は多いのではないだろうか。そもそもデザインの価値は数値化できるのか――。この問いに明快に「YES」と答えるのが、日本最大級の医療情報プラットフォームを運営するエムスリーのCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)・古結隆介氏だ。良いデザインは利益をもたらす、というシンプルな考え方に基づいたデザイン組織のマネジメントとは。(聞き手/音なぎ省一郎、構成/フリーライター 小林直美、撮影/朝倉祐三子)
「良いデザインのものが売れるとは限らない」
というロジックを排除する環境づくり
――古結さんは2021年4月にエムスリーの2代目CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)に就任されています。この4年間、デザインをどのように経営に浸透させてきたのでしょうか。
実は、「デザインを経営に浸透させたい」とはあまり思っていないんです。デザインはあくまでビジネスの手段で、大事なのは事業の成長です。デザイナーというより、1人のビジネスパーソンとして事業を推進してきた、という意識の方が強いですね。
エムスリーでは、エンジニアリング組織のリーダーもマーケティング組織のリーダーも、同じ考え方だと思いますし、経営メンバーからも「事業を推進するリーダー」としてフラットに扱われています。
――デザイン側の目標と、事業側の目標は常に一致しますか。
ギャップが生じることはあります。ただ、その場合はデザイン側が事業側に合わせていくのが本来の姿です。もちろんデザイナーとして良いアウトプットにはこだわりますが、本当に良いアウトプットなら、ユーザーやクライアントからきちんと対価を得られるはず、というのが根本的な考え方です。だからデザイナーも他の職種と同様に、必ず売り上げ目標や利益目標を持っていますし、評価要素としては一番重要なものとなります。
――数字を切り離した「デザイン品質」だけでは評価しないということですか。
はい、デザイン品質だけでは評価しません。ただし「デザイン品質が高いのに数字が伴わない」というケースは現実にあり得ます。その場合、他の部分に課題がある可能性が高いので、どんな取り組みをしているのかを確認して、「事業メンバーともっと相談してみたら?」といったアドバイスはします。
――かなり独特ですね。
大事なのは、「いいものは売れるし、良くないものは売れない」という状況をきちんとつくることだと思っています。売れないからといって、予算を投下して大々的にプロモーションして力づくで売る、というやり方はエムスリーらしくない。やはり、いいものを作って、プロダクトやサービスの力で売っていくべきだし、そのプロセスの中に当然ながらデザイナーも組み込まれるべきです。
とはいえ、事業目標の達成度だけで評価するのではなく、そのプロダクトやサービスに対して、デザイナー個人やチームがどう貢献したのか。また、デザイン組織としてブランド全体にどのような価値をもたらしたのか。そうした視点からも、きちんと評価する仕組みを整えています。