東芝社内でも繰り広げられた
「自己催眠」の恐ろしさ

 それは強烈な「自己催眠」である。

 実は東芝が「逆風」を境に「原子力原理主義」に走っていくのは、福島第一原発事故が初めてではない。1986年のチェルノブイリ事故の後にも、東芝は積極的に「広報」をしている。といっても、それは世の中というよりも、自分たちの社員に対してであった。

《東芝は原子力発電に関する社内向け広報活動を強化するため、エネルギー事業本部を中心に「原子力特別広報委員会」を組織した。社内報、ビデオニュースなど各種媒体で原発に関する情報を提供して社員の知識を高め、最近の原発反対運動の盛り上がりで社内が動揺するのを防ぐのが狙い》(1988/08/05 日経産業新聞)

 このようなインナーコミュニケーションは、89年に東芝と日本原子力事業との合併を機に「日本原子力事業懇話会」が設立されると、さらに加速していく。三井グループとともに、社員一丸となって原子力のPA(パブリック・アクセプタンス)活動や広報活動に力を入れていくのだ。

 つまり、今回の「危機」を招いた経営陣たちというのは、管理職あたりから経営陣へ駆け上がっていく時期に20年以上、このような「原発推進」を徹底的に躾けられた人たち、という見方もあるのだ。

 それがどんなに合理性を欠いた話であっても、閉鎖的なコミュニティのなかで幾度となく、繰り返し「広報」されていけば、人は必ず洗脳されていく。これは、北朝鮮や戦前の日本を例に出すまでもなくご理解いただけるだろう。

 そういう意味でも個人的には、東芝を見ていると、太平洋戦争末期の日本軍とだぶってしょうがない。

「星の王子さま」を用いて「原子力は地球に優しいクリーンエネルギー」をうたいはじめた最初の志に嘘はないのだろう。それは、「のらくろ」などの漫画キャラを用いて、「西洋列強からアジアの独立」をうたった日本軍も同じだった。

 しかし、時代の流れに勝てず戦局が悪化していくと、日本軍がミッドウェイ海戦などの「戦績」を偽ったように、東芝も現場を犠牲にして粉飾を重ねていく。

 今のまま勝ち目のない戦いを続けていると、日本軍が現場の兵士を捨て駒にしたように、東芝の現場にたくさんの血が流れる。経営陣のみなさんは「国益のため」とか、「なんとか延命を」とか余計な考えは捨てて、早いところ「無条件降伏」の道を選んでいただきたい。