そして、「落語の何が面白いかというと、“おかしい”からなんですけど、特に古典落語は人々の生態がにじみ出て来るし、あの頃の日本人はこういう感じだったのかというのがよくわかる。単一民族でみなが金太郎飴みたいだ、というのが日本人の本性ではないとわかる。実に多様な人々が共存していて、みんな勝手なことを言っているんです。人の顔色を見ているでもないし、あまり突出してはいけないという考えもないし、それでいて、長屋で絶妙な呼吸で共同生活をしていますよね。そういう姿が、すごくビビッドに出てくるので、猛烈に面白いです」と続けた。

 経済をめぐる話の時より、生き生きしている感じさえする。

“朝シャン”とは朝のシャンパンのことなり

 浜は都知事だった美濃部亮吉と親戚である。

「祖母の旧姓が美濃部でして、祖母と亮吉はいとこどうしです。祖母の父である俊吉と、亮吉の父の達吉が兄弟という関係です」

 浜自身がこう語るが、古今亭志ん生の姓も美濃部で、こちらとも縁があるらしい。そのせいか、落語についての話は止まらない。

「落語の言葉づかいというのは、すごくうまいですよね。無駄がないし、諧謔というのはこういうものだなというのがにじみ出ていて。落語台本を書く人というのは冴えていたんだなと思います。ちょっとした綾のところに、猛烈なおかしさがある。言葉もそうだし、呼吸もそうですよね。うまい落語家は面白くするための呼吸を持っていて、えも言われずいいものだし、難しいものだし、張り詰めたものだし、でもそれが猛烈におかしいという。なかなか素敵に高度なものですよね」

 浜は酒も強い。同志社大学で主に社会人相手に講義をしているが、彼らと朝まで飲んで、最後にシャンパンを酌みかわして別れる。これを“朝シャン”と呼んで慣行としているらしい。

(評論家 佐高 信)