圭介は、まるで「占い師」に導かれるかのように、昨日のその瞬間の気持ちを素直に話した。誰かに見られているんじゃないかと、恥ずかしくて顔が赤くなったことを。部下にからかわれて、再び赤面したことも。
圭介には可愛がっている姉の子ども、つまり甥っ子がいた。「若葉幼稚園」とは別の園ではあるが、同じ幼稚園児である。目の前に空缶が転がっていた。よくよく、拾ってしまった理由を考えてみると、「子どもが転んでケガをしちゃいけないな」と思った。それが無意識に行動に出たのかもしれない。
次に「自分は偽善者(ぎぜんしゃ)であり、調子のいい人間だ」ということに思い当たった。「たった1つ空缶を拾っただけで、今までの悪行を全部許してもらおう」などと思っているんじゃないか。「人に褒められたい」と思っているんじゃないか。たった1つ空缶を拾っただけで「いい人」に見られようと考えてしまったことが、自分でも許せないのだ。
老人は、黙々とゴミを拾いながら、「うん…、うん…」と言って相槌を打った。そして、「たった一個の空缶で、まぁ、ずいぶんと考え込んでしまったものじゃのう。なんとも理屈っぽいヤツじゃ。そんなことをしていたら疲れるじゃろう。こりゃ百個拾ったらどうなることやら。本当に頭から火が出るかもしれん。ハハハ…」
「…………」
「ではな、もう1つ教えてやろう。ゴミを1つ捨てる者は、大切な何かを1つ捨てている。ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っているんじゃな」
「その大切な何かが、『得する』ってことですか?」
「バカもん! お前はすぐに得、得ってな。あんまり損だ得だと考えるな。それより、1つ空缶を拾ってみたことで、何かを1つ拾った感覚を感じはしなかったかな?」
圭介にはすぐには答えられなかった。だが、あんなに「無性に恥ずかしかったという気持ち」は初めての経験だった。たしかに……、「何かが自分の心の中で起きた」ことには違いはなかった。
(その3へ続く)【全5回】
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