圭介は、自分が取った行動に、自分自身で驚いていた。生まれてこの方、一度も路上の空缶など拾ったことがなかったからである。無意識にあたりをキョロキョロと見回した。誰かに見られていないかと思ったのだ。商店街である。当然のこと、人通りはある。しかし、今の圭介には、誰も気を留めていないようである。
ふと気づくと、幼稚園の窓に、若い女の先生の姿が見えた。遠くて、目線まではわからなかったが、どうも、こちらを見ているような気がした。いや、気のせいかもしれない。なのに、顔がものすごく熱くほてっていた。おそらく、真っ赤になっているに違いなかった。
「いかん、いかん」
空缶を手にして、歩道に立ち尽くしている自分に気がついた。
(すぐに、これをどこかに捨てなければ)
小走りに、5メートル先の酒屋さんまで駆けた。そして、ジュースの自動販売機の横に設置されていた「空缶入れ」に、カランとほおり込んだ。
ランチから戻ってくると、部下の草野正平(くさのしょうへい)がニヤリとして近づいてきた。
「えへへ、偶然、見ちゃいましたよリーダー。さっき道端の空缶、拾ってたでしょ」
圭介はまたまた顔が赤くなった。返事に窮して、
「え? そ、そうだったっけ?」
と答えると、
「恥ずかしがらなくたって、いいじゃないですか。カッコイイっすよね」
とそれだけ言って、正平は仕事に戻っていった。
圭介は、気になって奥を覗いた。今の会話を社長に聞かれたのではないかと気になったのだった。作業場には、誰もいなかった。