安倍政権は女性の積極登用を成長戦略の1つとして掲げている。

女性管理職が増えれば、企業内の人員が多様化し、新しい視点や価値が提供され、パフォーマンスが向上すると期待されている。日本では、2014年時点で管理的立場にある女性の割合は11%にすぎないが、政府は2020年までに30%まで引き上げることを目標にしている。

しかし、『「原因と結果」の経済学』の著者である中室牧子氏、津川友介氏によると、女性管理職を増やすことが「成長戦略」と言えるのかは、冷静に考える必要があるという。詳細を聞いた。

「女性管理職」と「業績」の関係は
因果関係なのか相関関係なのか

 日興フィナンシャル・インテリジェンスが一般事業企業827社を対象にした調査結果を見てみると、一見すると女性取締役の数が多い企業は、そうでない企業と比べて業績がよいように見える(図表1)。

(注) 企業の業績は経常ROE(自己資本比率、Return On Equity)で評価している。これは、企業の収益性を表す指標であり、経常利益を自己資本で割って求める。
(出典) 日興フィナンシャル・インテリジェンス『平成26年度産業経済研究委託事業(企業における女性の活用及び活躍促進の状況に関する調査)報告書』
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 しかし、本当に女性取締役の数を増やすと企業の業績は伸びるのだろうか。

 ここでも、女性活用と業績の関係が因果関係と相関関係のどちらなのかということをよく考える必要がある。「女性の管理職を登用したから業績がよくなった」(因果関係)わけではなく、「もともと業績がよい企業ほど、女性の管理職を登用している」(相関関係)だけかもしれない。

因果関係……2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じる関係のこと。「女性管理職」と「業績」のあいだに因果関係がある場合、女性管理職を増やすと企業の業績は上がる。
相関関係……一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、原因と結果の関係にない関係のこと。「女性管理職」と「業績」の関係が相関関係である場合、女性管理職を増やしても、それによって企業の業績が上がることはない。

 実はすでにこのことを調べた研究がある。ノルウェーでは、女性取締役比率が2008年までに40%に満たない企業を解散させるという衝撃的な法律が議会を通過した。南カリフォルニア大学のケネス・アハーンらは、この状況を利用して、女性取締役比率と企業価値のあいだに因果関係があるかを検証しようとした(注1)。

 図表2で示されているとおり、この法律が施行された2003年時点では、ノルウェーの上場企業の女性取締役比率は10%に満たず、しかも企業によってかなりばらつきがあり、達成までの時間は企業によって大きな差が生じることとなった。

(出典) Ahern and Dittmar (2012) をもとに筆者作成

 法律施行前にすでに女性取締役比率が高かった企業(「介入群」と呼ぶ)は、法律施行後、難なく女性取締役比率を40%にすることが達成できただろうから、2003年から2008年のあいだにそれほど女性取締役を増やさずにすんだはずだ。

 一方で、法律施行前に女性取締役比率が低かった企業(「対照群」と呼ぶ)は、法律施行後に女性取締役の数を急速に増加させたと考えられる。

 自らの意思で女性取締役比率を高くするか低くするかを決めていないのだから、介入群と対照群のあいだで、企業価値に影響を与えそうなほかの要素が似たもの同士になる。つまり、両者は「比較可能」になるのである。

 介入群と対照群が「比較可能」な状態ということは、この2つのグループの違いは「女性取締役比率」だけ、ということになる。この状態で、業績の差を取れば、「女性取締役比率」と「企業価値」の関係を明らかにすることができるというわけである。

注1 アハーンらは、企業価値を表す変数として「トービンのQ」を用いている。これは、負債の時価総額と株価の時価総額の和を資産の時価総額で割って求められる。

女性取締役を10%増やしたら
企業価値が12.4%下がった

 アハーンらが示した結果は驚くべきものだ。予想に反して、女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆されたのだ。具体的には、女性取締役を10%増加させた場合、企業価値は12.4%低下することが明らかになった。

 女性取締役比率に数値目標を設けることは、企業価値を大きく低下させ、そのコストを株主に支払わせることになる可能性があるのである。

 なぜだろうか。精査してみると、この期間に新しく取締役に就任した女性は、もともとの取締役よりも年齢が若く、取締役の経験がなく、他業種から参入した人が多いことがわかった。

 それだけではない。彼女らはもともと取締役だった人と「同じ姓」の人が多いことも判明したのだ。つまり、もともと取締役だった人の妻や娘というわけなのだろう。

 政府によって、女性取締役比率の数値目標が課されたことで、ノルウェーの企業の多くは、経験が浅く、経営者の資質に欠ける女性を無理やり取締役にして急場をしのいだ。このことが企業価値を低下させることにつながったと考えられる。

 誤解のないように強調しておきたい。筆者らは企業における女性管理職比率の引き上げに反対しているのではない。公平で多様な社会は歓迎されるべきだ。そもそもノルウェーで女性取締役比率の数値目標が設定されたのも、男女雇用機会均等の精神を尊重し、より公平な社会を目指すためであった。

 しかし、女性活用を通じて企業価値を高めたいと考えるのであれば、女性管理職比率の数値目標を掲げ、ただやみくもに管理職の数を増加させるだけでは逆効果になってしまう可能性もある。これは、日本にとって重要な教訓になるだろう(注2)。

 現在、日本において進められている女性活躍においても、単に数値目標を掲げるのではなく、働きかたの柔軟性を高め、性別によらない公平な評価・報酬制度を構築することなどを通じて、女性の管理職が自然と増加するような環境を作ることが重要なのではないだろうか。

注2 経営学の分野では、女性や外国人といった外見から判別可能な「デモグラフィー型」の人材ダイバーシティと、実際の業務に必要な能力や経験といった「タスク型」の人材ダイバーシティを区別しており、過去の研究をまとめたメタアナリシスによると、企業価値を高めるために重要なのは、後者のタスク型ダイバーシティであることが示唆されている。

育休を長くとれるようにすると
母親の復職率は上がるのか

「女性活躍」を掲げる安倍政権が検討している政策のもう1つが育児休業の延長だ。現在は最長1年半にわたって給付金を受けられる育休期間を、最長2年まで延長する方針だという。待機児童問題により、母親が復職できない状態を改善するためだと説明されている。

 一見もっともらしいが、育休期間を延長すれば、母親は復職しやすくなるというのは本当だろうか。ここでも育休と母親の復職の関係が、因果関係なのか相関関係なのかをよく考える必要があるだろう。「育休が長いから母親が復職しやすい」(因果関係)のか、それとも「出産後、復職することを考えている母親ほど長い育休を取れる企業に勤めている」(相関関係)だけなのかを見極める必要がある。

 実はオーストリアは、すでに似たような政策変更を経験している。1990年7月1日以降に生まれた子どもを対象にして、育休を1年から2年に延長する法律が成立したのである。

 スイスのローザンヌ大学のラファエル・ラリブらは、この状況を利用して、育休期間と母親が復職するまでの期間のあいだに因果関係があるかを検証しようとした。

 ラリブらは、法律が可決した1990年7月に第1子を出産した母親(介入群)と、1990年6月に第1子を出産した母親(対照群)を比較した。この2つのグループは、子どもが生まれた時期以外は比較可能であると考えられる。そのため、介入群と対照群のあいだで母親の復職率の差をとれば、「育休の長さ」と「母親の復職率」の因果関係を明らかにすることができる。

育休を1年延長すると
復職率が10%下がる

 ラリブらの分析の結果によると、育休の延長は母親の復職に負の因果効果を持つことがわかった。つまり、育休を1年延長した場合、育休期間内の母親の復職率は10%程度も低下し、育休期間が終了しても復職しない母親が増加したのである。さらに、雇用や収入にもマイナスの影響があることが示されている(注3)。

 この理由としてラリブらは、育休の延長によって仕事から離れている時間が長くなると、職務に必要な知識や技能が劣化してしまい、かえって職場復帰を難しくするのではないかとの見解を示した。

 日本における育休の延長が議論される背景には、待機児童問題の深刻さがある。しかし、ラリブらの研究を見る限り、育休を延長すると、かえって母親の復職を遅らせてしまう可能性もあるので注意が必要である。

 待機児童問題が解消できないからといって、育休を延長するなどという遠回しな方法をとらずに、待機児童問題を正面から解決するように全力を尽くすべきだ。そして、母親が復職した後、彼女らが柔軟で多様な働きかたを選択できるようにすることこそが重要なのではなかろうか。

注3 ラリブらの研究によると、育休の延長は母親の復職には因果効果を持たなかったが、出生率の上昇には大きな因果効果があったことも明らかにしている。
参考文献
Ahern, K.R. and Dittmar, A. K. (2012) The Changing of the Boards: The Impact on Firm Valuation of Mandated Female Board Representation, The Quarterly Journal of Economics, 127 (1), 137-197.
Joshi, A. and Roh, H. (2009) The Role of Context in Work Team Diversity Research: A Metaanalytic Review, Academy of Management Journal, 52 (3), 599-627.
Ostergaard, C. R., Timmermans, B. and Kristinsson, K. (2011) Does a Different View Create Something New? The Effect of Employee Diversity on Innovation, Research Policy, 40 (3), 500-509.
Lalive, R., & Zweimu?ller, J. (2009). How Does Parental Leave Affect Fertility and Return to Work? Evidence from Two Natural Experiments, The Quarterly Journal of Economics,124 (3), 1363-1402.