子どもがテレビを見過ぎていることを気にしている親は多いはずだ。厚生労働省の統計によると、小学校6年生の子どもは平日に約2.2時間、休日には約2.4時間もの時間をテレビの前で過ごしているようだ。これでは親が心配するのも無理はない。

しかし、『「原因と結果」の経済学』の著者、中室牧子氏と津川友介氏によると、テレビが子どもの学力に悪い影響があると決めつけるのは早計だという。詳細を聞いた。

「テレビの視聴」と「学力」のあいだの
関係を調べるにはどうしたらいいか

(写真はイメージです)

 アメリカではテレビの俗称として「愚か者の箱」という言葉があるほどで、テレビが子どもの発達や健康、あるいは学力などに悪影響を与えると信じている人は多い。

 しかし、本当にテレビを見ると子どもの学力は低くなってしまうのだろうか。ここで、テレビの視聴と子どもの学力の関係が、「因果関係」なのか「相関関係」なのかをよく考える必要がある。「テレビを見るから学力が低くなる」(因果関係)のか、「学力の低いような子どもほど、よくテレビを見ている」(相関関係)だけなのか、どちらだろうか。

因果関係……2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じる関係のこと。「テレビの視聴」と「学力」のあいだにマイナスの因果関係がある場合、テレビを見るから学力が下がる、と言える。
相関関係……一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、原因と結果の関係にない関係のこと。「テレビの視聴」と「学力」のあいだに相関関係がある場合、テレビを見る時間を増やしても、それによって学力が上がったり下がったりすることはない。

 テレビを見せると子どもの学力は下がるのか。この問いに取り組んだのが、スタンフォード大学のマシュー・ゲンコウらである。ゲンコウは、電波障害への対応を行うことを理由に、1948年から1952年までの4年間、テレビ放送免許の凍結が行われたという歴史的なイベントに注目した。

 アメリカでは、テレビは1940年代から1950年代の半ばにかけて普及した。この時期にテレビを視聴できる家庭が増える中、テレビ放送免許が停止された1948年時点で、テレビ局がまだ1つも開局されていない地域に住んでいた人々は、1952年に再びテレビ放送免許の凍結が解除されるまでテレビを見ることができなかった。

 つまり、テレビ放送免許の凍結により、48年以前からテレビを見ることができた家庭(「介入群」と呼ぶ)と、52年以降しかテレビを見ることができなかった家庭(「対照群」と呼ぶ)が生じたということになる。

 幼少期にテレビを見ることができた家庭(介入群)と、見ることができなかった家庭(対照群)は、「テレビ放送免許の凍結」という偶然の要素によってたまたま分かれたと考えられる。つまり、あたかも「テレビを見せるかどうかをランダムに割り付けられた」(ランダム化比較試験第3回を参照)のと同じ状態だと考えられる。

 子どもがテレビを見られるかどうかは本人の意志では決められなかったのだから、介入群と対照群のあいだで、学力に影響を与えそうなほかの要素が似たもの同士になる。つまり、両者は「比較可能」になるのである。

 介入群と対照群が「比較可能」な状態ということは、この2つのグループの違いは「テレビを見せる」かどうかだけ、ということになる。この状態で、子どもが小学校に入学したときの学力テストの差を取れば、「テレビ」と「学力」の関係を明らかにすることができるというわけである。

 ゲンコウらによると、テレビが普及し始めたこの時期、テレビのある家庭の子どもはテレビに夢中になり、平均して1日に3時間半もの時間をテレビの前で過ごしていたという。

テレビを見せると
子どもの学力が上がる

 ゲンコウらの分析結果は驚くべきものだ。1940年代から1950年代の前半にかけて、幼少期にテレビを見ていた子どもたちは、小学校に入学した後の学力テストの偏差値が0.02高かったことが明らかになったのである。つまり、「テレビの視聴」と「学力」のあいだには、プラスの因果関係があったということだ。

 また宿題に費やす時間や進学希望などにも悪影響は見られなかった。特に、英語が母語でなかったり、母親の学歴が低かったり、白人以外の人種の子どもでは、テレビを視聴することで成績が上がる効果は大きかったこともわかっている。

 ゲンコウらは、子どもにテレビを見せることをためらう保護者が多いのは、テレビを見ていると子どもが受動的になり、絵を描いたり、スポーツをするなどの機会を失ってしまうからではないかという。

 実際、こうしたほかの活動の選択肢が多い経済的に豊かな家庭では、テレビが持つプラスの因果効果は極めて小さくなってしまい、ときにはマイナスになることが明らかになっている。

 とはいえ、貧困家庭の子どもにとってはメリットがあることを強調する研究もあることから、ゲンコウらは、政府や教育関係者が根拠もなくやたらとテレビがもたらすマイナスの効果を喧伝することがないよう注意を促している。

参考文献
Gentzkow, M. and Shapiro, J. M. (2008) Preschool Television Viewing and Adolescent Test Scores: Historical Evidence from the Coleman Study, The Quarterly Journal of Economics, 123 (1), 279-323.